カトブレパス(2)
リアクト本部からの指令で、私は内密に未来ハンターの調査を行っていた。
対象となるハンターはランカワという三十代の若く派手な身なりの男性だ。
「そんでよー、例の必勝法でたっぷりと儲けさせてもらったわけよ。ッハハー!」
何か表沙汰に出来なさそうな商売で稼いでいるような言動だ。となるとHLの相手もまた共犯、そうでなくても事情を知る者だろう。
ランカワの隣ではメオカという五十代の老婆が目を光らせている。
「あんまり変な騒ぎを起こさないでおくれよ!」
しかし彼女は現地のハンター志願者でしかなく、積極的には関与できず厳しい目つきをするしかないようだ。
私は裏ビジネスの根を絶つべく、調査を始めた。
◇
どうやらランカワは目黒から、主要でない裏通りを使って品川に違法な品々を運ばせては犯罪者たちに売りつけていると判明した。
「いっひひ、こんなにチョロくて良いのかよ」
ランカワはへらへら笑っている。
私は背後からナイフをリクラフトして彼を羽交い絞めにしつつ、その首もとに切っ先を突き付けた。
「動くな。命が惜しければ、今すぐに闇商売を辞めさせるんだ」
しかしランカワは曲がりなりにもハンターだ。徹甲榴弾を素早くリクラフトしてきたが、そんなことは計算済みだ。
「ハンターさんたち。ほら、アイツじゃ!」
メオカに事前に頼んでおいた増援部隊が、的確にランカワを追い詰めて私は事なきを得た。
未来に連行されていくランカワは捨て台詞もなくうなだれていた。残りの闇商人たちの摘発も時間の問題だろう。
◇
ガイア弱体のため、私は世田谷に向かった。ガイアらしき強い生体反応が観測されたらしいのだ。
リアクト本部からそう情報を受けた私は、ブースターをフルに駆動させてバンドウの居場所に急いだ。イヤな予感がしたからだ。
そして私に気付くなり、バンドウは泣きそうな表情を更に泣きそうに歪めた。
「フラナさん……逃げてー!」
次の瞬間、バンドウは何かに飲み込まれた。
やがてバンドウはガイアの分身と言われる、最強のコロッサルのひとつ、テュポーンに姿を変えた。
「ふしゅるるる……」
蛇の半身を持つ蛇人間をギリシャ神話ではテュポーンと呼ぶようだが、あくまでそれは神話。
目の前のそれは下半身は確かに蛇だが、上半身は六腕の修羅だ。
◇
バンドウに大した力がないのか小型なのが不幸中の幸いだ。
「ぐも」
しかし情けない声を上げながら私の顔は地面に擦り付けられた。
瞬時に近寄られ、その六本の腕で叩き倒された上に顔を押さえ付けられたのだ。
周囲にいるコロッサルたちも、ガイアに取り込まれたハンターたちなのだろう。
タイクーン、トリトン、ヒドラ、……。
このままでは私もガイアに取り込まれるのは時間の問題だ。
私はどうにか顔を動かし、バンドウがいた辺りを見た。ガイアに対抗するための特殊な武装は果たしてそこにあった。
ゼウス・マグナム。
ガイアの力を弱める特別な弾丸が装填された銃だ。
私は手を伸ばしたが、わずかに拳ひとつ分だけ届かない。
◇
(リクラフトすれば良い)
私は咄嗟に閃き、火ばさみをリクラフトした。地味だが、少し遠くの物を取るには悪くない選択のはずだ。
「えっ」
取り損ね、むしろマグナムは遠くに弾かれてしまった。
私の頭は相変わらず、バンドウだったコロッサルに圧されている。
「早くしないと、ガイアが……」
孤立無援を切り抜けるしかない。
これは一か八かの賭けだ。
出来れば使いたくなかったが、私はアンチェイン・バーストでテュポーンの拘束から解き放たれてマグナムを手にした。
「バンドウ、すまない!」
私は謝りながら、ゼウス・マグナムの引き金を引いた。
◇
ゼウス・マグナムにはコロッサルをハンターに戻す作用があるらしく、バンドウを始めとしたガイア弱体班は結果的に全員無事だ。
「ありがとうございます、フラナさん」
アンチェイン・バーストのせいで重傷を負ったバンドウに礼を言われた。私は今回の仕事の前に不審だったのを尋ねたかったが、どうにも隠し事はなさそうである。
てっきりガイアと内通しているのかと疑った私が愚かだったようだ。あるいは、もっと重大な理由なのを急な騒動の中で気にしていられないだけなのだろうか?
「バンドウ、あなたは……」
私は胸中を明かすつもりだったが、やはり止め、目黒に戻ることにした。
周りに他のハンターもいるため、無用な混乱を仕事中に生む必要はないのだ。
◇
キシネたちの支援のため、補給物資を蒲田に輸送することになった。
「ひとまずこちらに来る敵の情報も送る。かち合わせるかもしれないが、準備が整わない今から無理に倒そうとしなくて良い」
私はそう忠告するタダマからHLで、接近中の大型コロッサルの情報を得た。
形状はカトブレパス型。
サブコアの位置は頭部と後脚。メインコアの位置は胴体。前脚がクラックで強固に守られているようだ。そして気を付けるべき攻撃として、「石の睨み」。
石の睨みとは、たてがみに隠された瞳に映された者は石になってしまうという、コカトリス以上に厄介な攻撃のようだ。
「カトブレパスはスイギュウ、つまし細身の牛みたいなコロッサルだ。また、霧が深い場所は足場に水が溜まって沼になっている。くれぐれも気を付けてくれ」
タダマの助言を頭に留め、私は何人かのハンターと共に蒲田に向けて、リアクトに支給されたヘリで飛び立った。
◇
霧が深いのは上空までは影響が薄く、慎重に適当な速度でヘリは進んでいく。
目黒から蒲田は南方やや東に位置し、車どころかヘリなので、そう遠くない。
しかし遠くの方で巨大なスイギュウの姿がうっすらと見え、あれが恐らくカトブレパスなのだろうと私にも分かった。
他地域のハンターたちも懸命に戦っているだろう。しかし見ている数分の間にも、確実にコロッサルは近づいて来ているがために、その姿を大きくしていく。
私を気にするでもなく群馬方面から目黒にまっすぐ向かうカトブレパスとの戦いには、もしかしたら間に合わないかもしれないと私は思った。
「もっと急げる? 何なら私はブースターがあるから、物資を預けて先に戻りなさい」
私は万全を期すためにハンターたちに呼びかけたが、彼らは与えられた任務に忠実であり、私の言い分など戯れごとくらいにしか思っていないようだ。
◇
まもなく東京蒲田病院エリアに到着し、私たちはマテリアルを体内に補給するサプリや、新たに設計された武装のイメージが描かれた図面などを無事にキシネたちに届けた。
「ありがてえ。だがよ、出来たらもう一丁、頼まれてくれるか?」
フェンリルにマーカー弾を撃ち込むため、陽動を頼まれたのだ。
現場にブースターのスタイルを得意とする者がおらず、素早い白狼に困っていたのだという。
「ヤツをここに追い込んでほしい」
マーカー弾を扱えるハンターがいるという、とある公園まで上手くフェンリルを挑発しながら陽動することになった。
大型コロッサルを眼前にしながら戦えないのは仕方ない。フェンリルはアマシタを倒せる別格なのだ。
◇
私はなるべく最低限の距離を保ちながら、威嚇やフェイントを交えつつで穏やかなフェンリルの気を立たせ、なんとかして公園に導いた。
「今だ!」
私の掛け声でフェンリルの胴体にうまくマーカーは施された。
そしてマーカー専門ハンターを連れて再びブースターを蒸かせて、私は東京蒲田病院に戻った。
「マーカーを付けられたくらいなら怒らせるような大した刺激にはならないだろう。もしフェンリルが根城を変えてもレーダーで明確にヤツと分かるスゴいマーカーなんだ。ま、とにかくお疲れさん」
キシネの言葉からするとどうやら目的は果たされたらしい。
私は待ってくれていたハンターたちのヘリに乗り込み、目黒に帰っていった。
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