RIACT(3)

 スイドウバシベースでの騒動が一段落すると、再び私たちはリアクトに呼ばれた。


 やはり、おそらくマーマン討伐までの様々な不手際に対する責任を取らされるのだろう。


「頑張ってたろうにな、フラナは。どんだけ会議室なんだよ、本部ってヤツぁよう」


 キシネはもちろん、私たちは噂に聞く程度にはリアクトの幹部主導な体質、悪く言うなら古典的で不自由な体制を知っていた。


「どうしても行きたくないようでしたら、私がリーダー代理としてお小言くらいなら聞いても……」


 バンドウはこうして彼女なりに気を遣ってはいる。しかし、今回の召集は「大切な話」とHLでなく本部から郵送で連絡が来ていた。


 ◇


 私がリーダーとして、誰かに甘んじることなく責任を取る。


 ガイアには未だに興味はないが、レイラという悲しき非ハンターを見た以上、私はハンターである自分自身にくらいは責任を持つと決めたのだ。


 司令官のドアをノックすると、聞き覚えのある声がした。


「入りたまえ」


 今回は司令官の机には座っておらず、コジテラは入り口の辺りで腕組みをして立っていた。

 一方で警備隊は相変わらずだが、以前のように唐突に銃を向けたりはしなくなっていた。


「キミたちに会わせたい者がいる」


 まるで銃の代わりに、コジテラはそのように急な提案を突き付けてきた。


 ◇


 レイラ・プリズリバー。

 それがボルテックス型コロッサルに変貌させられた彼女のフルネームだ。


「来てくれたか、アラタ!」


 私たちやコジテラの中でキシネの姿がまず目に付いたようで、レイラは姓ではなく名でキシネを呼んだ。


 コロッサルと化した彼女が表社会に出られることはないだろう。


 しかし今回のコジテラの判断は、いわば職権濫用だ。というのは、レイラのようにコロッサルになった者にしか知り得ないことを聞きに来たのだ。


「すっかりヤツれちまって。かわいそうにな」


 そう同情するキシネに「私語を挟むな」とコジテラは冷徹に注意した。


 ◇


 そして私たちを連れて来た割にはコジテラ自らが事情聴取を始めた。


「まず、名前を教えてほしい」

「知ってるだろ。アンタの顔は何度も窓から見たぞ」


 リアクト本部の地下深く、通常のボタン押下では絶対に行けない隠しフロアにある収容施設。


 リアクトに詳しい者の間でも都市伝説でしかないここをコジテラは「監獄」とだけ呼んだ。


「知っているよ。でもあなたが、それを直接答えないとならない。これは会話ではなく、命令だ」

「なんだと! ……ぐっ」


 コジテラが端末を取り出して操作すると、レイラは苦痛に満ちた声を発した。


「これはキミの、コア化してしまった脳に直接痛みを与える特殊な装置だ。命令に反するたび、私はコイツを使う許可が下される」


 優しげな顔に似合わず、苛烈な手を使う男だ、と私はただそれだけを考えていた。


 ◇


 しかしレイラもレイラで中々、名前すら口にしない。罪を犯したにしても彼女なりのプライドがあるのだろう。


「仕方ない。出力を強めるが、それでも……」

「やめてやれよ。俺はコイツの知り合いなんだ、任せてくれないか?」


 強硬なコジテラを諌め、キシネが独房に設けられた小さな格子窓を通じてレイラに話しかけた。


「よう。こうしてちゃんと話すのは、何年ぶりだろうな?」

「一年だ。たった一年でアタシは怪物に、アンタはハンターになった。何もかも……変わってしまった」


 一年。それはちょうど、キシネが私と同時期に蒲田に送り込まれた時期だ。


「なあ。まだレイラは、コロッサルになりたいと思うか?」


 今のレイラは、リアクトが極秘に開発した薬によりコロッサル化が出来なくなっているらしい。しかしキシネは何を思ったか、その辺りについて聞き始めたのだ。


 ◇


「楽しいのよ。怪物になって大きな力を振りかざすのは愉快なの。最初は醜く変わり果てた自分が嫌いだったわ。でも慣れれば慣れるものね。アタシは風になり、ダイスになり、たくさんの人間をこの手で……」


 レイラが下を向いた。窓の小ささで分からないが、きっと汚してしまった自らの手を見ているのだろう。


「俺には分からねえ。俺はコロッサルではないし、お前が思うような立派で強いハンターでもない。しょぼい三流ハンターだし、一日の中でさえ、辞めたいとも何度も思う」

「……」


 キシネの言葉を、レイラは黙って聞いていた。


「だけどな、俺はハンターになっちまった。そんで、もしかしたら立場が逆も有り得たかもしれねえから、俺がコロッサルだったとしても、おかしくはない」


 ◇


 私が、私自身と比べてのキシガミに抱いた印象に似ていると思った。


 私だって、キシガミみたいになっていてもおかしくはなかったかもしれない。それと同じに思えたのだ。


 しかし急にレイラが苦しみ出した。

 先ほどまでの比ではなく、立っていられないレイラは悲鳴と共に窓から姿を消した。


「埒が明かないな。レイラ・プリズリバー、ガイアについて知ることを全て吐け!」


 コジテラが装置の出力を最大に上げたのだ。


 私がちらりと見た端末の画面に出された「人命を左右する出力レベル」の警告表示やブザー音をこの男は無視している。


「やめてください、司令官。入所者が、いえ、レイラさんが……」


 バンドウがコジテラを止めようとしたが、そんな軽挙でハンターを辞されては堪らない私はバンドウを突き倒し、代わりにコジテラから端末を奪い出力をオフにした。


 ◇


「フラナ・カラサワ。キミは自分が何をしているのか分かっているのか!」


 殴られた。

 コジテラはビンタではなく、仮にも女性である私の頬を握り拳で殴ったのだ。


「……分かりません」

「ほう。ならばハンターを辞めて監獄に入れ。私への反逆はコロッサル化したのと同罪だ」


 初対面の時とは感じが違うと普通は思うかもしれない。しかし私は「こんなものだろう」と割り切れていた。


 あれだけの警備隊に銃を向けさせて平然としていた、あの時。

 あの時から私はどこか、ジロウ・コジテラの異常性や支配願望に勘づいてしまっていたのかもしれない。


「それでも、分かりません」


 実はこれは嘘だ。私は生きることこそが最善であり、仮にコジテラの立場にあったなら私もそうしていた。


 だから、 もしコジテラが私ならこうしていただろうと容易に理解出来る。


 ◇


 やがてコジテラは私の強情ぶりに呆れたらしい。


「私は別に気にしない。ただ、アマシタ理事官の前でそんな真似をしてみろ。たとえキミがどんなに優秀でも、その首が名刀で斬り落とされる事は覚悟するんだな」


 アマシタ理事官、とコジテラは言った。アマシタとは、やはりあのアマシタ、つまりトウマ・アマシタの祖父と名乗るあの老人は、警備隊の幹部クラスか何からしい。


 しかし、たかが警備が名刀でなど、ハッタリにしては余りに稚拙だ。それともそれほどにリアクトの闇は深いのだろうか。


「……ペガサス」


 独房から、か細い声がした。


「ペガサスが蘇る。ガイアは全てを順調に成し遂げている。いずれお前たちも……理不尽に苦しみながら醜く死ぬのだ。キャーハッハハ」


 ◇


 レイラだ。レイラはペガサスとかいう良く分からない存在に触れながら、けたたましく笑っていたかと思うと、バタリと倒れ込んだ。


 またかとコジテラを見たが、装置を操作していない。


「薬の効果だ。興奮しすぎた神経を代償的に沈静化させているに過ぎない。しかしやはり、私の尋問は旧友の情けに勝ったな」


 自画自賛しながら、コジテラはウキウキといち早く場を離れていった。


「けっ、気に入らねえ。アイツとは絶対に分かり合えん」


 ぼやきを溢すキシネを私やバンドウが励ましつつ、私たちもまた監獄を出ていくのだった。

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