マーマン(4)

 私たちは、脱け殻のようになったキシガミを置いて研究所に駆け込んだ。


 研究所に入り、更に奥。

 どうやらそこが衝撃音の発生源だ。


「みんな、下がっていろ。まず私に任せてほしい」


 そして住民から再び信頼を得た私が奥に進むと、そこにあったのは巨大な水槽。


「この水槽、マテリアルで出来てる……!」


 私は驚きのあまり呟いた。マテリアルで人工物を作るのは、少なくともコロッサルではないはずだからだ。


 それが出来るのは、人間の機関であり、たとえばリアクトや一部の官公庁だ。


「防衛省が総力を挙げて作り上げたのが、その水槽よ」


 振り向くと、声の主はキシガミだ。

 そして水槽に再び注目すると、どこから現れたのか、目と鼻の先に、巨大な魚人型がその姿を現わしていた!


 ◇


「あの身体――まさか!?」


 キシガミが叫ぶ。

 同時に、彼女の右腕を覆っていた白衣の袖と手袋が、強烈な光とともに砕け散る。そこには、結晶化した――まるで露出コアのような――右腕がまばゆく輝いていた!


 さらにHLを通じ、キシガミの脳内から魚人のコロッサルの情報が流れ込んでくる。私はそのコロッサルに関して次の情報を得た。


 形状、サブコアの位置、メインコアの位置、コア及び各部位の耐久力。

 そして「マーマン」という種族名。


 それらがデータとなり、私の脳のコアにデジタルに流れ込んでくる。


「討伐に協力してくれるのか?」


 私は多少、期待してキシガミにそう尋ねた。

 しかし「まさか!」と彼女は冷たく言い放った。

 その時、水槽が割れて勢い良く水流が吹き出した。水は異常な勢いでスイドウバシにあるベースに向かって伸びていく。


 ベースまでの距離は三~四百メートル程度だろうか。コロッサルが叫ぶたびに周囲が急激に崩壊し、代わりに水流をベースに届かせるための岩のトンネルに変わっていった。


 ◇


 その岩には、マーマン型が吐き出したのだろう、無数の粘液が張り巡らされている。


 コロッサルを見つめ、キシガミが言う。


「この腕の元は――多分あの右腕」


 よく見れば、あのコロッサルは右腕が欠損していた。マーマン型の、感情のない瞳がこちらを向く。


「取り返したいってことか。最悪だわ、もう一歩だったのに」


 トンネルから顔だけ出したマーマンの粘液が、キシガミを捉えようとこちらに放たれた。


「結局あの子の仇は討てなかったけど、潮時かもね……」と彼女は動かない。


 私は助けようと動き出したが、なぜか体が言うことを効かない。


「さっき、こっそり麻酔を打たせてもらった。潮時だから私は……マーマンに還る」


 そして「ごめんね」と誰に対しての謝罪なのか、最後にキシガミはそう言って、岩トンネルから伸びてきたマーマンの左腕に捉えられた。


 ◇


 そして天高く持ち上げられたかと思うと、一瞬激しく明滅した。


 それが収まると、そこにキシガミの姿はない。今ごろは代わりにマーマンの右肩から、艶やかで巨大な右腕が伸びているだろう。


 感傷に浸っている暇は無い。

 これ以上、コロッサルをベースに近づけてはならない!


 私は武装を作り出し、マーマンのいる岩トンネルに、ヤツの左腕のように粘液部分から飛び込んだ。


(覚悟しろキシガミ。私はあなたごと、コイツを倒す)


 とんでもない速さで泳いでいくマーマン。

 私はブースターを水中用として、背負えるジェットパックにリクラフトして噴射させることで追った。


 ついでに武装集団が持っていた面白い武装を試すべく、私は「それ」もリクラフトした。


 ◇


 水中にも粘液は撒き散らされ、それに捕まると速度が劇的に低下する。


 それゆえに、あくまで精密な加速を余儀なくされながらも私がマーマンに向け放ったのは小型のマーマンを模した生物だ。


(毒をもって毒を制す、だ)


 武装、サモン。

 このスタイルは、犬や鳥を矢継ぎ早にリクラフトしてきた武装集団の一部の者を参考にした。

 ライダーのような騎乗用ではなく、攻撃のための生物を生み出すスタイルだ。


 コロッサルに向け、私のマーマンが粘液を吐き出す。すると敵マーマンは徐々に減速せざるを得ない。


 予め作っておいたナギナタを握りしめ、私はちょうど粘液がない敵の左側に向かって最大限にブーストした。


 ただ、敵は生まれついての水中生物。野生の勘なのか、私のマーマンに翻弄されているようでいて私の存在を感知し、その左腕を豪快に振り回してきた。


 ◇


(ぐうっ)


 研究所からの水圧で動きにくい中での、限られた時間の戦い。


 私は水中戦のための特殊な訓練を最近、積んだのでボンベがなくても半日は泳げる。

 しかしやがてベースに敵が侵入した時の混乱や被害を思うと、これは短期決戦と割り切るべきなのだろう。


『フラナ。マーマンとかいうコロッサルについて情報を得たぜ、聞きたいか?』

『頼む、キシネ。ちょうど戦ってるんだ』


 左腕から逃れたいものの、ヤツの背面には粘液があり、私は思いきって正面に回った。


『ヤツのコア位置は分かるよな。だが敵は特殊な粘液で腹部のメインコアを保護してる。まず右腕のサブコアを壊せ。そこがメインコアの膜を張るキモの部位だ』


 右腕。つまりまだキシガミかもしれない部位だ。


 ◇


 ただ、それを言うなら同化した時点でキシガミとコロッサルは完全に一体化したのかもしれず、それなら気にしたら負けだ。


(もしくはメインコアを直接狙う)


 それは賭けだ。外せば、時間が足りず敵はベースに着いてしまうだろう。


 アンチェイン・バースト。

 またしてもその手を使うべきなのか、私はしばし迷った。


(彼女は人間性を犠牲にしてでも救うべき人間か?)


 確かに自白を聞き、私に重なる思いはあった。だけど私は、私が世界に必要とは思わない。


「だって、やっぱりフラナさんは面白いから」


 なぜか、ふと病院でのシナオの言葉が蘇った。そして私は、メインコアに向けてアンチェイン・バーストを放ったのだった。


 ◇


 私はコロッサルを水際で食い止めた。


 だが戦いと混乱の傷痕は大きく、スイドウバシベースはマイナスからの復活を余儀なくされるだろう。


 コロッサルの右腕はキシガミに戻った。

 彼女はホームへ連行されていく。


 ユウカ・キシガミはリアクトの一派閥「覚醒派」の手引きで派遣された。「覚醒派」とは、全人類のハンター化を目論む一派だ。


 コロッサルへの有効な対抗策として比較的賛同者の多い派閥だが、一方でハンター化できなかった人類は容赦なく切り捨てるという過激な意見を持つ者も少なくなく、問題視されている。


 「覚醒派」は、スイドウバシベースの住人、すべてハンター化する実験場にしようと企んでいた。

 この騒乱は、その一環として、カマタベースのリーダーらしき私を失脚、あるいは葬るために引き起こされた。


 ベース内の爆発は、キシガミが製作に協力した対コロッサル兵器の人為的な暴発によるものだ。

 武装集団も岸上が手引きした。

 爆発を合図に突撃してくる手はずになっていたのだ。


 ◇


 キシガミとしては、爆発物に巻き込まれて私が死ねばそれでよし。

 集団がベースを荒らすか、私がベースの混乱を放置してキシネを探しに行けば、それを告発の材料として私を失脚させられると踏んでいた。


 無論、機会があれば自ら手を汚すことも厭わない覚悟であったのだ。


 彼女は実験のため、身体の一部にコロッサルのコアを組み込んでおり、それに触れた者を小型のコロッサルに変貌させられる。

 強烈なコアノイズによりハンターのコアに干渉し、一時的に動きを封じる効果もある。


 レイラや住民はそれでコロッサルとなり、研究所で私は麻酔を打たれたわけではなかった、というわけである。


 計画は順調に進むかに思われた。しかし彼女の誤算は、このコアがたまたま防衛省に封じられていたコロッサルから収奪したものという点にあったのだ。


 彼女も私もお粗末な仕事。

 だからリアクトにより私にも何らかの罰が下されるのだろう。


(武装集団や過激派の中ではコードネーム「マーマン」という顔をキシガミは持ってた。彼女は人の身でありながら心はコロッサルだったのだ)


 しかしながら、一つ良いこともあった。

 今回の件により、リアクトから、普段の倍以上の復興用マテリアルが供給されたのだ。


 また、リアクト内部の覚醒派のうち、過激派と思われる者達の力を削ぐことができたとの事だった。


 それが未来にどれほどの意味を持つかはわからないが、少なくとも、目的のために犠牲を厭わない者が減ったことは良いことなのだろう。


 こうして、スイドウバシベースの長い一日が終わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る