マーマン(3)
私はベース内に現れた小型のコロッサルに対処していた。
怪物は体長二~三メートル。
突如、どこかから数体現れ、スイドウバシベースに襲いかかったのだ。
見た目は小型のイフリート型、つまり炎の化身だが、炎というよりは溶岩の塊といった体である。
そのサイズから、撃退は容易いと思われる。これ以上の犠牲が出ないうちに、対応すべきだろう。
しかし倒したコロッサルは、みるみるうちにその姿を変えていく……それはやがて、私が良く知る者たちの姿になった。
ほとんどはコロニーの住人で、中には十代の少年もいた……。私は護るべきベースの住人を、自ら手にかけてしまったのだ。
その後悔は計り知れない。
その中には、工場の爆発に居合わせたカツヒサ・イワキもいたのだ。
◇
コロッサルのまま死にゆく個体もあった。
「ハンター……アノ……ミギテ……ガ……」
そんな人間のような言葉を発して、あるコロッサルは事切れた。ミギテ……右手のことだろうか。
また、コロッサルの端々には、元は人間の服であったのだろう布の切れ端などがついていた。
私はそれらに見覚えがある。
いつぞやの武装集団が身につけていたものに違いない!
では、これらは彼らのなれの果てなのだろうか……。「マーマン……」とまたしても最近良く聞く言葉が、別の死にゆくコロッサルから漏れた。
(マーマン……、どうやらソイツが一連の騒動と繋がっていそうだな)
その時、HLでキシネから連絡が入った。
『フラナ、俺だ。今もシンジュクにいるんだが、よく見たら、地図に記された地点はこの間の場所じゃねえ。もうちょい先の方だったよ』
『そうだったか。だが発見出来ただけマシというものだ』
◇
地図通りに進み、大きな瓦礫を乗り越えた先に、大量のマテリアルが転がっていたらしい。
『回収できればベースにとって、素晴らしく重要な資源と……!』
バンドウも勢い良く割り込んできたのだが、この手の作業には注意が必要だろう。
それほどのマテリアルが落ちているということは、コロッサルの影響もまた色濃いということになるからだ。
『もしかして、コロッサルが眠っているのではないか?』
私はそう言いつつ、キシネたちが冷静に対応できるよう、HL越しにサポートのため助言を送ることにした。
『……というわけだ。それで、もし仮に……』
『あった、あったぞ。うお、どうもレアなヤツだぜこりゃ』
『やりましたよ、フラナさん!』
レア・マテリアル。RMとも略される。
マテリアルはその純度によりR、SR、SSRと格付けされているのだ。つまりMはマテリアルのMということである。
◇
最初は読み方が分からなかった私だが、以前、蒲田でのそんなある日にバンドウは笑いながら私に説明してくれた。
「フラナさん。リアクトの幹部はオンラインゲームもエンタメ事業としていて、その名残。つまりガチャの……」
そうなのだ。
最近流行りの、ガチャという無作為選出システムによりランダムに出現するユニットなどのレアリティをランク分けし、レア、スーパーレア、ダブルスーパーレアがそれぞれR、SR、SSRと略されるようなのである。
「だ、ダブルスーパーレア……」
私は単に興ざめしていたのだが、そんな私を見て狼狽えたと思ったのか、バンドウはいつになく更に笑顔になった。
「ダメですよ。読めないと陰で若者にババア呼ばわりとかされたり……」
「ふっ、それしきなら別に忘れても良さそうだ」
しかしその時のバンドウが珍しかったのが私の記憶領域に、レアリティごと挿入されてしまったらしい。
◇
キシネたちは危なげなくマテリアルの回収に成功したようだ。
その上、近くに埋まっていた様々な玩具の発掘にまで成功したらしい!
『光って音が出るおもちゃから、ちょっとしたボードゲームまで幅広い』
『これにはベースの人たち、特に子どもたちにも喜びが……!』
なお、特に危険を感じるものはなかったようだ。
うまくすれば、ここは交易路としてもっと安全なルートを確立するのに使えるかもしれない。
しかしHLに、僅かなノイズが入った。そうなるのは、すなわち脳のコアへのノイズだ。
影響はほとんどないが、そこから明確にガイアの悪意を感じた。
世界を造り変える意思、それをリアクトは正式にガイアと名付けたのだ。
◇
『……ノイズだな、まあ気にすんな。ただ、どうやらここに落ちてるマテリアルは、どれもマテリアライズされた人間や動物みたいだ』
マテリアライズとはマテリアル化という意味だ。そしてガイアのノイズは、皮肉にも人間や動物がマテリアルに成り果てた現実を知らせる悪意のサインなのだ。
『ここって、ホットスポットでしょうか?』
『ん、まあその可能性は高い。フラナ、ホットスポットを覚えてるか?』
『ああ、むしろキシネこそ本当に理解してるか?』
ホットスポットと呼ばれている場所の噂を私はしっかり覚えていた。
噂では、そこに滞在した者はハンター化できるという。
そういう力のある場所なのだろうか?
そこまでは私には分からない。
(分かるとしたらリアクト、だろうな)
◇
「いたわ、フラナ・カラサワよ!」
私やベースの住民を集め、キシガミは私を糾弾しだした。
彼女は、コロッサル化した住民を私が殺した事実を挙げ、ベースに甚大な被害を引き起こしており、私の責任は重いと指摘した。
この上は責任を取ってリーダーを辞すべきと迫るキシガミ。
「――。――以上の理由により、あたしはあなたを弾劾せざるを得ない。悲しいけどね」
聴衆の反応は五分五分。やや劣勢と言って良い。逆に岸上を追い詰め、周囲の賛同を得られるか、それは私次第だ。
実は私には気になっていたことがある。それはキシガミの右手の黒い革手袋、いや、右手そのものだ。
ミギテ、というイフリート・コロッサルの遺言もその結論に私を結び付けてしまう。
私は私で覚悟を決め、それしか状況証拠はない中でキシガミに話しかけた。
「あなたは怪しくなさすぎる。それを前から怪しいと思っていた……。右手の手袋、その内側に何を隠している?」
◇
キシガミは逃げ出した。つまりキシガミはクロ、犯人だ!
私や住民たちがキシガミを追うと、やがて巨大な研究所にやって来た。
「あたしの負けね……」
そう言うと、キシガミは力なく笑い、次のような事を語る。
「そう、あたしはあなたたちを罠に嵌めようとした。目的達成のためにね」
その目に宿るのは、情熱ではなく野心だったのだ。
「全人類をハンターにするの。手始めに、このベースの住民全員を」
次第に熱を帯びる口調に、キシガミ自身が酔いしれている。
◇
「ただ、あたしたちはハンターとして、人物を選別する責任があると思う。クズがハンターになったって、クズはクズよ。違う?」
私たちがひたすら黙っていることにも彼女は気付いていないのかもしれない。
「……昔ね、彼が殺されたの。コロッサルにじゃない、人間のクズどもにね。あんな連中だけは、ハンターにしちゃいけない」
確かに恋人を殺されるのはツラいだろう。しかし私は、たとえハンターでもキシガミのような狂人ならば止めねばならない。
私もまたハンターだからだ。
「そりゃまあ、失敗もあるでしょうね。でもそれは自然による淘汰と同じ。生き残った種は、より世界に適合した種ってことよ」
よく分からない極論が、悲劇や洗脳の末に行き着いたキシガミの論理。
それが私には苦々しい。
記憶欠損の私がこうなっていても、少しもおかしくはなかったからだ。
「最近、ふと思うのよ。コロッサルは、あたしらを滅ぼすためじゃなく、覚醒を促すために現れたんじゃないかって――」
彼女が達観したその瞬間、研究所の中と思しき方角から、ズドン! と大きな音が響いた。
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