マーマン(2)

 シンジュク近辺は未開拓であり、無数のビルの残骸が地面から顔を覗かせる荒野――ZOD――が広がっている。


 人も動物もいない死の土地だ。


 キシネを探してこの土地を訪れた私は、なぜかバンドウの倒れている姿を遠くに発見した。

 バンドウこそ、休日のためカマタで待機しているはずだ。


 しかも、倒れているその周辺で、何かがキラキラと輝いている。


 バンドウは遠くから声を掛けるなどしても、まったく反応する様子はない。

 危険はありそうだが、近づいて確認するしかない、と私は判断した。


 どうやら気を失っていただけのようだ。

 応急手当によりバンドウは何とか意識を取り戻したが、ぼんやりとしている。


 ◇


 周囲のキラキラは、何と大量のマテリアルが散らばっていたのだ!


 ……かのように見えたが、ほとんどはマテリアルと似た、透明の美しいダイスであった。

 また、傍らには地図が落ちていた。


 精密な地図で、ZODであるはずのこの辺りの地形が事細かに描かれている。

 誰が作った物なのだろうか?


 しばらくするとバンドウは、意識がはっきりしてきた。

 話を聞けば、キシガミからここにマテリアルがあることを教わり、地図を渡してくれたのだという。


 理由を問うと、次のような答えが返ってきた。


「もっと力になりたかったんです。肝心な所で足手まといの自分が……いつも歯がゆかった。これで皆さんの役に立てる、と思い、冷静さを……」


 ◇


 バンドウは、キシネや私を親身に助けてきたが、当人は未熟なハンターでしかない自分に腹立たしさや無力さを感じていた。


 そこで私を密かに追ってきた彼女を見つけたキシガミが次のように声をかけ、シンジュク行きを促した。


「ねえ、さっきリアクトから連絡があって、シンジュクにマテリアルが大量に落ちているのを見つけたって」


 バンドウは目を輝かせたらしい。

 なぜならマテリアルはホームの復興やベースの改良に欠かせない素材物資として重要だからである。


「聞いた感じ通商路沿いだから、割と安全な所じゃないかな」


 通商路。

 耳慣れない言葉だが、通商とは交易や貿易を意味する。

 つまり貿易に関係した施設や人が多いため、人による監視やリアクトによる警備がしっかりしているのだ。


 ◇


「もし手に入れば、復興は保証されたも同然って感じね――問題は、こういうのは早い者勝ちってことだけど」


 ひと息にそう説明したキシガミの目には、情熱とも野心とも取れる輝きが溢れていたという。


 それを見たバンドウは、一生懸命で素敵なハンターだと思ったらしい。

 また、キシネがシンジュクに向かったこともキシガミから聞いたようだ。


 そして、バンドウは一人じゃないならと自らもシンジュクに行くことを決断したというわけだ。


「なるほどな……それにしても、このダイスは何だ?」


 マテリアルに見えた美しいダイス。試しにその一つを手に取ろうとした瞬間、私の腕に痛みが走った。


 ダイスが動いたのだ。

 まるで大きなダニのように私の右腕に吸い付き、血を抜き取ろうとしている。


 リスクを覚悟で咄嗟に、強引にむしり取った。


 ◇


 たとえばマダニをむしり取ってはいけないとする機関はあるが、私はハンター体質だ。


 いざとなれば人間性を使って回復すれば良いと考えたのである。


 ダイスはやがて、カサカサと互いに這い寄り一体の中型コロッサルに姿を変えた。


 ボルテックス。

 竜巻のようなコロッサルだ。


(砂漠との相性は抜群、というわけか)


 歩きにくい砂漠ならではのコロッサル。

 ダイスにも竜巻にもなれるなら、手の内が読めず尚更に厄介だ。


『フラナ、それにミリカ。お前ら、いるのか?』


 キシネが私たちにHLで話しかけた。

 私がボルテックスに遭遇したことと、現在地の座標を伝えると五分で合流すると告げた。


『新しい武装を試させてくれ。相手が竜巻なら勝つ自信がある』


 ◇


 ナギナタや鉄球では、ボルテックスの致命打になりにくい。

 要するに、物理攻撃は厳しいようなのだ。


「ダイスに当たる感覚はあるんだが」


 ナギナタの刃に細かな感触があるには違いないが、あくまで幾つかのダイスを壊しているに過ぎない。


 更に言うならコロッサルもまたリクラフトの要領で、隙あらば自己再生する個体は少なくない。


 増してここはコロッサルに有利なゾーン。マテリアルは豊富にあるため、長期戦になるほどにこちらは不利だ。


「まだ倒れませんね」


 バンドウは焦りを隠しているが、騎乗されているグリフォンが心なしか頼りなげに彼女を見ている。


「見つけたぜ、お前ら!」


 キシネがやって来た。

 偶然、近くにいたようで三分ほどしたら来た。


 その左腕には、見慣れない武装が腕全体から左半身にかけて装着されている。


 ◇


「氷河降臨!」


 キシネが高々と腕を掲げると、上空に巨大な氷が形成されてボルテックスに落ちた。


 ウェザー。

 大気を操ることで、様々な自然現象を引き起こす、コロッサル顔負けの武装だ。


「ふう。危なかったな」


 確かにキシネがいなかったら、素早い上に一部をダイスに戻して襲いかかるボルテックスには勝てなかっただろう。

 私たちはそれぞれに感謝を述べた。


「ところでキシネ、もしかしてその武装を調達に来てたのか?」


 どうやら私が聞いたところでは、キシネはシンジュクで完成した新武装の試作品を取りに来たようだ。


 ◇


 決定打を与えたと思われたボルテックス。

 しかしその体は次第に一人の人間へと姿を変えた。


「あなたは……誰?」


 私には見覚えがない顔だったが、キシネはみるみる内に血相を変えた。


「レ、レイラ……!」


 レイラと呼ばれた女は、キシネに近寄ると女性とは思えない腕力で、ぎりぎりと彼の胸ぐらを掴み上げた。


「なんでお前なんかが、ハンターに」


 涙を流しながらキシネにそう訴えかけるレイラを落ち着かせ、私は事情を聞いた。


 どうやらレイラは、カマタベースに来る前のキシネと知り合いだったようだ。


 しかしハンター体質であると判明したキシネはリアクトの判断により、カマタ行きが決定した、ということらしい。


 ◇


「ハンターにふさわしいのは、アタシ。それはアンタが一番、知っていたはずなのに」


 両親をコロッサルに殺され、ハンターを切望していたことをキシネはシンジュクにいた頃、よく聞いていた。


 しかしハンターになったのは脳がコア化したキシネであり、民間人でしかない上に理解者を失ったレイラは、ある人間の能力を借りてコロッサルになったのだという。


「誰なんだ、ソイツは。教えてくれ、レイラ」


 キシネの問いかけには答えず、レイラはホームに連行された。

 ただ、去り際に呟いたひと言は私の記憶に妙に残った。


「マーマンに気を付けなさい。彼女には私も及ばない」


 キシネはかつての友人をこのような形で失い、ショックで言葉を失っていた。


 ◇


 多くのことが起こりすぎており、明らかに人手が足りない。


 シンジュクでの諸々の調査をリアクトから新たに託されたキシネたちと別れスイドウバシに戻った私は、キシガミに再びサポートをお願いすることにした。


 キシガミは彼女が住んでいるビルの地下室にいた。


 気になっていたことを、この際だからと私はキシガミに取り調べの形で質問していく。


 爆発については「遠隔爆発? そりゃ設置型爆弾だからね。遠隔操作できないと」となぜか自慢気だ。


 武装集団について「知らないって、そんな連中。あたしの一番キライなタイプね」と言うものの、私は警察から証人として一時的に引き渡された集団の荒くれ者に会わせることにした。


 顔をしかめて「見たことも無い」と告げるキシガミに対し、荒くれ者も「俺もこんなイケてない女は知らねえな」とのこと。


 キシガミは減らず口の荒くれ者に「あんた、マテリアルになりたいワケ?」と手厳しく、武装集団に無関係なら大した演技力だ。


 シンジュクについては「確かに話したけど、まさか1人で行くなんて思う? 地図はリアクトから具体的な位置を聞いて、あたしが作ったのよ。正確だった? ふふん、さすがあたしね」とやはり自信たっぷりだ。

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