マーマン(1)
スイドウバシベース。
カマタベースから20キロほどの場所にあるここは、1年ほど前に作られた新興ベースであり、現在最前線のベースである。
そのベース内に爆発音が響いたのが事件の発端だった。
時を同じくして、北の方から武装集団が向かってきている、とタツヤから報告が入った。
ちょうどハンター研修のため近辺にいた私は速やかに住民に避難指示を出すべく、キシネを呼んだが、一向に現れない。
何でも今朝早くシンジュク方面――未だZODの広がる土地――に向かったらしいのだ。
リアクトやハンターはゾーンの分類を、ZOに続くアルファベットで判断する。
ZOとはゾーン・オブ。Dはデザート、つまり砂漠だ。
つまりコロッサルがマテリアルで砂漠をリクラフトしているのがZODである。
◇
ところでスイドウバシベースは、発展途上の貧乏ベースである。
資源不足も甚だしく、わざわざ略奪を狙っても旨味は乏しい。
爆発の原因は何なのか。
武装集団と関係があるのか。
そもそも集団の目的は何か。
そしてキシネは、なぜシンジュクへ向かったのか。
何が起きているのかはわからないが、一つだけ確かなことがある。
この混乱に対応できるのは私だけだ。
私はあくまで冷静に、リアクトにHLを試みた。
『こちらリアクト。……なんだ、フラナさんですか。何があったんです?』
『タツヤか。スイドウバシベースにすぐ来れるサポート・ハンターを手配してくれ』
サポート・ハンター。
何かと人手が不足しがちなコロッサル・ハンターのために用意された、支援専門のハンターだ。
◇
ユウカ・キシガミ。
28歳の女性だ。そして彼女こそがサポート・ハンターである。
「あたしは岸上ユウカ。対コロッサル兵器の専門よ。あたしの武器を使って、コロッサルをぶっ壊してね」
対コロッサル兵器専門のクラフト系ハンター。つまり移動スタイルとしては足場をリクラフトするクラフトを得意とするらしい。
「さあ。東京湾に沈みたくなかったら、さっさと調査を進めてよね」
「ひ、ひい。ユウカ様、勘弁してくださいよ」
彼女はリアクトから派遣されてきた天才肌の研究者で、実作業時の言動がエキセントリックであるため、他の作業者から怖がられている。
ボロい白衣、無造作に長い髪を束ね、野暮ったい伊達メガネをかけている。
しかしぱっと見はそう見えないが、実は相当の美人である。
更に気さくで人当たりがよいためか、ベース内で人気があるようだ。
◇
ふと私は、キシガミが右手に黒い革手袋をしている事に気付いた。
「ああ、やっぱり気になるよね。ちょいと酷い傷があってさ」
つらそうに告白するので、私は心にもなく「自愛してくれ」などと言ってしまった。
爆発が発生した現場は小さな工場だ。
屋根が吹き飛び、未だにもうもうと煙が上がっている。
建物の前では、おそらくここで働いていたのだろう作業着の男が三人と、駆け付けたベースの住人が、延焼を食い止めようと水をバケツリレーしていた。
この工場は、対コロッサル兵器を作成していた場所である。
三人の作業員は幸いにも昼食時だったため席を外しており、いずれも軽傷だった。
「原因? 全然わかんねぇよ。俺が教えて欲しいよ」
アカサカという酒好きの43歳だ。ぶっきらぼうだが腕はよい。
更にアカサカは証言を続けた。
「爆発するようなモンはほとんど置いてねぇぜ。ユウカちゃんならわかんじゃねーの?」
すると、イワキという作業員が彼の発言をフォローした。
「今日はユウカちゃんがいねーからさ、危ねー作業なんてしてねーよ」
◇
実際、本来であれば出張でいないはずのキシガミは、作業員たちを混乱させないために近くで待機し、いない事になっている。
「これで仕事も休みかねー。ユウカちゃんにもしばらく会えねーか。あれで結構いー女なんだよなー。そー思わねぇ?」
そんなイワキはチャラい28歳。キシガミに気があるのだろう。
そしてイワキが話を投げ掛けたのは、ウエダという気弱そうな作業員だ。
「その……外で昼食を取っていたら……突然、爆発して……」
歯切れが悪いのが私という第三者に緊張しているのか生まれつきなのか、それは他の作業員の態度から後者らしいと分かった。
「心当たりは……鍵はかけましたし……キシガミさんも来てませんし……」
キシガミは研究者であり、最前線での対コロッサル兵器を作るにあたりリアクトから派遣され、主導的な立場を取っているみたいだ。
つまり元々ここを仕事場としていて、私の支援も請け負うキシガミは二足のわらじということなのである。
◇
調査であれ消火であれ私は何かしなければとそこでの活動に入ろうとした。
だか再び内部で爆発が発生した!
私は爆発を回避しきれず、左腕が吹き飛んだので人間性を消費して即座に再生した。
人間性はコロッサル化という代償に目を瞑れば、そんな魔法のような効果を持つのだ。
それに、人間らしい行動を心がければ次第に人間性は回復する。
さしずめそれは精神力で魔法を使うから、健康な精神でいなければならないと言った、ハンターならではの能力と言える。
「ありがてえ」
「ハンターさんのおかげである」
幸い、近辺にいた人々も全員無事だったため、私は住民から感謝の意を受けた。
それから爆発の原因を調査した所、遠隔で爆発させる機材の跡が発見された。
つまりこの爆発は偶然ではなく、誰かが意図的に起こしたものなのだ。
◇
私がしばらく工場で調査を続けていると、適当な理由をでっち上げてキシガミは作業員たちに合流した。
それからしばらく工場で調査を進めていた私たちは、爆発の犯人に関する情報を得る。
植田が挙動不審であったため確認した所、彼のポケットから遠隔爆破装置のスイッチが出てきた。
爆破した理由やそのスイッチの入手経路などを聞いても、彼は頑として黙秘した。
「あんた達には……わからない理由ですよ……」
ウエダがホームにある警察に連行されて行くと、意味ありげにキシガミは呟いた。
「マーマンの祟り、か」
マーマン。私の記憶が確かならば、それは魚人のコロッサルだ。
しかしそれがウエダの犯行と何の繋がりがあるのか、私には見当も付かなかった。
◇
ベースの北、1キロ地点。
今や貴重品となった改造バイクや改造車の爆音を響かせ、凶悪な火器を携えた30人程の荒くれ者たちが、ベースに向かってきた。
私が何か声をかけたとしても、彼らはそれを嘲笑いながらベースに突き進むか、武器を向けてくるのみ。
交渉の余地は無さそうだ。
私は、彼らの持つ武器が対コロッサル兵器――つまりハンターである私にも打撃を与えられる武器――ということに気付いた。
しかし強力な武器を持っているとは言え、たかが30人ほどの人間の群れなど、私の敵ではない。
私は集団を一人残らず撃退できた。
◇
生き残った者も、命からがら引き上げていった。彼らの持っていた武器はなかなか面白そうだし、まだ使えそうだ。
私はそれらを未来のハンターの参考になるよう、残らず回収した。
「うう……ヒロトの野郎……」
「ヒロトとは誰だ」
私は負け犬の遠吠えなどと聞き逃すことなく、倒した一人に尋問した。
「ウエダだ。ヒロト・ウエダ。アイツに指示されてやってやったのによ」
彼らは、対コロッサル兵器を入手したことでハンターに対抗できると考え、今回の暴挙に出た。
兵器を供給したのはウエダだ。
兵器だけでなく、彼らをベースの支配層として受け入れる代わりに、なるべく犠牲を出さずにベースを荒らすように話がついていたらしい。
彼らは、ウエダの後ろにも誰かいることは感づいていたらしいが、正体までは知らないようだ。
ただ、そもそも彼らはウエダを信用しておらず、事が片付いたら彼を排除してベースを奪うつもりだったというわけだ。
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