RIACT(1)
ハンター管理組織リアクト。
その知名度に反し、本部の場所はあまり知られていない。
都内某所。私でさえ今は、それ以上は口外を出来ない。
「やあ、よく来てくれました」
「安心しな、不本意だ」
受付案内らしきスタッフに無遠慮な言葉を投げかけるキシネに続いて、私とバンドウはエレベーターへと進んでいった。
黒いスーツにサングラスという、SPを思わせる格好のスタッフたちに対して、私たちは普段と変わらないラフなファッションだ。
「もしかして場違いだからって、ハンター辞めさせられたりしませんかね?」
心配するバンドウに、私は冷ややかに言葉を返した。
「バカだな。辞めさせられるためにこんなナリをしてるんだろ?」
◇
リアクトの幹部が集う最上階だけに直通のエレベーターなだけに、ノンストップで目的の階に着いた。
「頭のいかれた技術だ」
キシネはいちいち何か言わないと気が済まないらしいが、ハンターをやる気はなくても人間をやる気はある私は流石にそろそろ口を慎むよう、キシネに促した。
まあ、だがそこにも半分ほど嘘はある。
中途半端でなく圧倒的な力に、苦しみすら与えられず殺されるならば私は人間も辞めてよいと思う。
「すごいですね。高そうな絵とか壺がいっぱい」
「そうかな? さしずめリクラフトしたレプリカかもしれないぞ」
「はは、フラナ。お前はお前で口を慎まないな」
それはシナオなど他者を巻き込まないために自己犠牲をいとわないのとは別の感情だ。
いや。厳密に言うならば、ハンターも人間も辞めてしまえば自己犠牲などしなくて済む、という現実を私は見ているのだ。
◇
「諸君、よく来てくれたね」
リアクトの最高責任者の一人、ジロウ・コジテラ。
若くして登り詰めたその青年は、どこかアマシタを思わせる風貌であり一見する限りはとても印象が良い。
「これはこれは。我々も銃口さえ向かなければ素直に感謝したいところだ」
私はキシネ派を代表して皮肉を言った。
部屋は比較的広々としており、コジテラのいる大きな机まで入り口からは悠に二百メートルはある。
それにもかかわらず、私たちは司令官室に入った途端に、大量の警備隊に囲まれていたのだ。
「ふっふっ。私もすまないとは思うのだが、リアクトといっても所詮は人間が作る組織。これでも警備隊を信じる時点で甘いと叱られる毎日さ」
そう言って笑うコジテラ。
遠くて笑顔まではよく見えないが、少なくともその笑い声は勇ましさと高慢さが詰まっていた。
◇
コジテラが指をぱちりと鳴らすと、警備隊は銃口を一斉に下ろした。
「ちっ、大した統率力だな。お世辞でなく素晴らしいじゃんかよ」
キシネはキシネらしい皮肉めいた賞賛を述べた。
うらやましいと思う。私には嘘が精一杯で、皮肉と賞賛を混ぜ込むなんて芸当はまだ出来そうにない。
「こちらへ。まだ残っている手続きは後ほど来る担当に任せるから、私からは挨拶だけ手短に送りたい」
コジテラはコジテラで遠くにいるのに、よく通る声だ。
世が世なら世界を股にかける歌手か何かになっているような、やけに澄んだ声をしていると私は柄にもなく感心した。
一方の私たちは周囲を警戒しながらも、また銃口を向けられては堪らないと足早にコジテラのいる所に直行した。
◇
「私のような若輩が言うものでもないけれど、キミたちの活躍はかねてより聞いている。今後も期待しているよ。弱き人々の平和のため、引き続きホーム拡大に従事してたまえ。健闘を祈る」
本当に挨拶だけだな、と私は思う。
それに、活躍など大してしていない。てっきりフェンリルを無視した懲罰でもくだると踏んでいただけに肩すかしも甚だしい。
「あ、あの。一つだけよろしいでしょうか?」
「……何か?」
珍しくバンドウが噛みつき出した。
「えっと、えっと。……が、頑張ります!」
「ああ、うん。期待してますよ」
危うくコントのように、転げるところだった。
全く、バンドウはどこまで行ってもバンドウだ。
大体、私たちが拡大したホームだってまだないのだ。
ツッコミ所は山ほどあるのにボケ倒すなんて、なんならバンドウには漫才の基礎から叩き込んでやろうかとさえ思ってしまう。
◇
だがそれもこれも、形ばかりの指導者にありがちな形骸化した縦社会の光と影。
つまり挨拶のセリフすら定型文だから、むしろバンドウのような空回りにも落ち着いて対応してみせる余裕があるというわけだ。
(期待という名のテンプレート、ありがたがれば殺されはしないという申し訳程度の免罪符か)
司令官コジテラ。
しかし実働部隊はやはり本部ビル下層のいわゆる中間管理チームであるわけで、やはり中味なんてスカスカの御曹司なのだろう。
「さあ、お前ら。このビルのどっかにあるっていう噂のふわとろオムライス食って帰るぞ」
「こら、キシネ」
まだ司令官室から出ていないのに騒ぎ出すばかりに数名に銃口を向けられたキシネの腰あたりを、私は蹴った。
「……」
コジテラは何も言わなかった。
銃を下ろせもないのは、要するに気分を害したのだろう。
◇
レストラン〈華団呉〉。
和洋折衷を謳う割には中華風な名前の店だが、幸いなことに値段は庶民的だ。
「ふわとろオムライスを三ふわとろ」
「特製オムライスを三つですね。かしこまりました」
ウェイト係はリアクトの幹部たちの好みを選んでいるのか、総じて美男美女だ。
「なんか、みんな制服なのに私たちだけ浮いてません?」
「制服じゃなくても私たちは異端だよ」
私はバンドウに釘を刺す言葉を告げた。
すると図星という自覚はあったのか、本当に痛そうな顔をするものだから私はいつになくバンドウを尊敬した。
(おちゃらけをやれるんだな、コイツでも)
私はオムライスが来るまでさりげなく周囲の人間観察に興じたが、誰も彼も作り笑顔をペーストした乾燥気味の自然体で、まるで動くマネキンだと思った。
◇
「ふーん、キシネでもテーブルマナーは分かるんだな」
マナー的な正解が分かりにくい、とろとろ卵がかかったパターンにも動じないで、キシネはナイフを右手に、フォークを左手に持ち、左側から順にオムライスを食べていた。
「へ、オムライひゅにテーブルふぁナーあるんひぇふか?」
「お前はマナー以前の問題だ」
どうやらテーブルマナーに関しては私の記憶は欠損していないらしい。
「記憶欠損の情報を彼は、――コジテラは持っているだろうか?」
「さあな。まあ仮に持っていたとして、人間性と同じかそれ以上の機密事項だろうよ」
キシネは残念ながら服の袖で口を拭いていてマナーは台無しだが、記憶欠損への認識は私もそのくらいだと思えた。
◇
それから私たちはハンター正式登録にあたる手続きを本部ビル一階で終えた。
「それでは、こちらの書類を担当部署に回させて頂きますね」
穏やかそうで感じの良い女性スタッフが、入り口付近の四人がけのテーブルで書類を取り纏め、今後やるべき事を簡単に私たちに説明した。
フェンリルの生態と攻撃をやめた原因を可能な範囲で調べること。
カマタベースを行く行くはホームとして安定させること。
ハンター不足に対応するため、資質ある者を育成すること。
「そんなに仕事あるんですか?」
「ええ。ないよりは良いですよね?」
「はっ。まあそれくらいでなくちゃリアクトの名が廃るわな」
「よし、説明がそれだけならさっさと帰ろう。みんな」
◇
私が席を立つと、「待ってくださいよ~」と一人の中年男性が走ってきた。
「はあ、はあ。ボ、ボクが誰か、分かりますか?」
「行こう。ただの不審者だろう」
心当たりのない私を、それでも男は無理に引き止めた。
「ち、ちょっと、待って、くださいよ。はあ……息切れしてるんで、それもちょっと、待ってください」
必死さに免じて待つと、男は名を名乗った。
「タツヤです。それだけで分かりますよね?」
「なんだ、タツヤってオメエなのかよ」
「思ったよりジジ……こほん、おじさまで素敵ですね」
どうやらリアクト用HL担当のハンターのようだ。
私のHLにもよく出る彼である。
(もっと若いかと思ってた……)
私はそう思ったが黙っておいた。
私の嘘はハイレベルだからだ。
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