RIACT(2)
しばらく我々はリアクトに用はないはずだったが、今度は私だけが呼び出された。
リアクト本部ビルに隣接する、大病院。
そこにシナオが入院していることを知らされたのだ。
「タマキ・シナオさまですか。でしたら三〇二号室にいらっしゃいます」
私はシナオの病室に向かった。
「入るぞ」
念のため扉をノックして呼びかけたが、返事は待たずに病室に入った。
「フラナさん。よくここが分かりましたね」
シナオが大病院に入院出来たのは、たまたまだ。
あくまで普通のハンターであるため、病室に空きがないと、いくらハンターでも大病院に入院出来るとは限らない。
それは、場所を知らされないと入院しているのがどこか断定出来ないのがハンターのシステムということだ。
「この不親切なシステム、まるで一般企業だな」
◇
私がシステムと言ったのは、まさにその入院場所についてなのだが、シナオは勘違いしたようだ。
「そうでもないですよ。ごはんは朝晩、たまにお昼も頂いてますし、運動も適度にさせてもらってます」
そんな会話のすれ違いはさておき、私はシナオに、怪我をさせてしまったのを謝った。
「すまない、私が自惚れて単独戦を始めたばかりに」
しかし、シナオはあくまで柔和だ。
「いいんですよ。私がコロッサル・ハンターなら、同じことをしてしまったと思います」
あくまでマテリアル・ハンターとして生計を立てているシナオならではの見解だな、と私は思った。
そして私は、もう一度だけ謝った。
「本当に、すまなかった」
◇
年齢で言えば、どう見てもシナオが年上だ。
しかし私は、リアクトの司令官にさえ敬語は使わない。
敬愛すべき者などいないからだ。
人間、誰しもが嘘をつく。
そんなことはないと偽善ぶるコイツらに比べれば、嘘を撒き散らすと腹を決めた私はよほど上等なのだ。
「ふふふ」
「何が、おかしい?」
私の謝罪に対しシナオが微笑んだので、私はつい素が出た。
ペースを狂わされる。
思えばケット・シーとの戦いの前にも、シナオは私の言葉に「面白い」と笑っていた。
「だって、やっぱりフラナさんは面白いから」
まただ。面白い、という私に対する認識。
それが私の不意を突くのだろうか?
◇
「フラナさん、あなたは……純粋でもある」
まるで私を昔から知る、学校の先生か何かだと私は思った。
「純粋なんかじゃない。私はただ、何物にも囚われたくないだけだ」
私は不思議なことに、今、自分が正直なのか嘘つきなのか分からなくなりかけていた。
何物にも囚われたくない。
そんな事を考えていた自分に気付かなかったが、かといって嘘のつもりもない。
本当でも嘘でもない、透明な何か。
あるいはそれをシナオは、純粋と見抜いたのだろうか?
「私が仮に純粋なら、あなたは超能力者だ。全てをお見通しだな」
私はそう言って少しだけペースを取り戻した。こんなに誉めるのは、やはり嘘を込めている。
◇
シナオはそこで、何を思ったか自らの生い立ちを語り始めた。
「私はわりかし記憶に欠損がないの。だから幼い頃もよく覚えてるわ」
シナオは遥か南の地に生まれ、鉱石を掘る父の背中を見て育ったらしい。
「あなたは直感が鋭いなって思った。私、実際に学校の先生をしていたのよ?」
その辺りから記憶の欠損は激しくなり、あまり子細までは分からないらしいものの、教師だったのは覚えているようだ。
「つまり、マテリアル・ハンターは父親の影響と?」
「うん、それは……あるかも」
そしてシナオは、うとうとし始めた。
服用している鎮痛剤の作用だろう。
◇
「よく寝るといい。健康の秘訣は無理をしないことだ」
私がそう言うのを聞き届けたかは分からないが、シナオはやがて深い眠りに就いた。
昏睡じゃなければ良いが、と私は心配した。
昏睡の判断は医療設備がなければ、つねるなどする方法しか私は知らない。
(記憶があるからこその余裕。ただそれだけのこと)
私はシナオの不思議な性質を、そう結論付けた。
記憶を保持出来ていたから、その点については私より豊かだから私はつい弱った心を開きかけた。
それ以上の意味などなく、私はまんまとしてやられたというわけである。
「入り込むのは、新しい自然だけにしてくれ。不愉快だ」
私は眠っているシナオにそう告げ、病室を出た。
◇
しばらく入り口フロアのテーブルで新聞に目を通していると、誰かが話しかけてきた。
「フラナ・カラサワ殿、でよろしいか?」
私は聞き覚えのない声に、対応すべきか迷った。
しかし、もし不審者からば易々と侵入出来るわけもない。よって私は躊躇こそしたが、声のする方を振り向いた。
そこにいたのは、警備隊らしき老人だ。
それはもう老人というしかないほどシワだらけの顔で、染めもしない白髪にもじゃもじゃの白ひげは海賊にすら見える。
「そうです。フラナは私であります」
不意に警備のような口調になり、私はすっと立ち上がった。
本当に自然にそうしてしまった感じだ。
もしかしたら私は、記憶がない空白の時代は警備隊にいたのかもしれない。
◇
「まあ、そう固くならず。ワシはこういう者です」
老人はそういうと名刺ではなく、手帳を取り出した。
一般的なそれより大きめのそれは、ひとつ捲ると所有者の名前が記されていた。
「ハクマ・アマシタ……アマシタ?」
そこに書かれた名前に、私は少し驚いた。
アマシタという姓には、心当たりがあるからだ。
「ええ。ご想像の通り、ワシはトウマの祖父です」
そう言うアマシタ老人は警備隊とは思えないほどに、丁寧に頭を下げた。
「トウマ・アマシタのおじいさまが、私に何のご用でしょうか?」
適当な言葉が分からない私は、おじいさまとこちらも丁寧めに呼ぶことでその場しのぎをした。
◇
「生前はキシネくん共々、孫が世話になったね」
「い、いえ。積極的議論を大いに交わさせていただき、いつも勉強させてもらいました。この度は本当に残念です」
まるでアマシタの葬式のようなやり取りを交わし、しかしふとアマシタ老人の目を見ると微塵の温かみもないことに私は気付いた。
「あの、トウマさんに何か失礼がありましたら申し訳ありませんでした」
アマシタからすれば不快でしかなかったであろうキシネ一味というのは分かっていたが、リアクト本部でそのような顛末をいびられでもしたら敵わない。
私は多少のプライドは捨て、素直に自らの非を認めた。
自分を偽り、正直になるという矛盾した行いをしたのである。
「いや、それはアヤツの性格ゆえ、むしろワシこそ謝らせてもらいたい。すまなかった」
私がシナオに向けたのと同じ「すまなかった」の謝罪の言葉ではあったが、アゴで会釈するような浅いお辞儀のアマシタ老人を私は見逃さなかった。
◇
「ははっ、そいつあ災難だったな」
帰って一連を報告すると、キシネは一笑に付した。
蒲田駅のホーム。
ベースという位置づけではあれどキシネ一味にとっては、やはりここが真のホームだ。
「でも、アマシタさんのおじいさまが、まさかリアクトの警備隊だなんて……」
バンドウはいつもの言い切らない言い方ではあったが、なんとなく意思は伝わる。
「なに。我々はやるべき事をやり、頃合いを見て適当に引退するだけさ」
私は話をそう切り上げ、夕食の支度にかかった。
我々の食事は当番制だ。
ハンターに支給された、共用の食事スペースが駅近くの西側にあり、そこでコンロや鍋を使い料理を作っていった。
「フラナはなんでも出来る。本当、ありがてえよ」
手伝ってくれるバンドウも中々の手際だが、いざ自分の時には玉ねぎすらちぎるキシネよりは、確かに私は料理上手だ。
だが、住めば都なだけ。
慣れれば誰にでも出来るハンバーグとサラダ。
買いおきした食パンをトーストし、飲み物はミネラル・ウォーター。
そんな食生活が私たちの普通だ。
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