ケット・シー(4)
私は取り巻きのコアの位置を探るため、一匹だけを集中して、尚且つコアを見逃さないように細心の注意を払いながら攻撃していった。
ブースターは小型との1対1だと邪魔に思えてくるが、いずれは大型コロッサルとの戦いにも備えていかなければならない。
「どりゃあああ!」
ところで、私がリクラフトしているブースターは、ブースターとは言ってもスケート・ボード、いわゆるスケボーのような乗り物である。
そして私はその装置の出力を、燃料をリクラフトして燃焼させることで加減する。
この間は攻撃がどれかの個体に当たりさえすれば良いと戦っていたので苦労はなかったが、いざ1対1となると機敏なケット・シーとの相性は必ずしも良くはないのだ。
◇
だが同時に、コアを探しながらとなるとブースターによる加速で不意を突いて行かないと発見が難しいという事実もある。
もしかしたら、やはり素直にキシネやバンドウの手助けを借りるべきなのかもしれないが、私は少し意地になっていた。
(あの2人がいつまでやるかは分からない。私だけになったら、このままでは死ぬ)
強がりでもあるが、本音でもある。
キシネは普段ああでも根性があるから意外と伸びるかもしれないし、バンドウも押しに弱いから済し崩し的にハンターを続けてしまうかもしれない。
ただ幸運なのは、リーダー格のクラック持ち以外は氷壁のような大技を出来ないらしいことだ。
もちろん、クラック持ちがアシストとして氷壁を出してくることはある。
だがリクラフトにはマテリアルが必要であり、頻用すればいずれマテリアルは枯渇する。
◇
「そこか!」
「キシャアア」
今度の個体は、後頭部にコアがあった。
つまり厄介な事態が現実のものだと判明したのだ。
それぞれの猫のコアが異なる部位にある。こんなに戦いにくいことはない。
(最終的にはアンチェイン・バーストか……)
アンチェイン・バースト。
ピンチの時に使うべきとされる、いわゆる奥の手だ。
リミットブレイクという手続きが必須となる上に、奥の手だけあり一戦に一度しか使えない諸刃の剣ではあるが、いざとなればやむ無しである。
「さて、どうするかな」
◇
HLで近隣や外部の仲間を頼る手もあるが、そこまでするならキシネやバンドウに頼らないのは不自然になる。
(やはりリーダー格を討つ。うまくすれば取り巻きの戦意もなくなるはずだ)
コロッサルの習性は知らないが、たとえば野生のサルはボスを他の獣に殺されると、群れが混乱するという。
すまない、嘘だ。
というか、サルの習性など記憶欠損のために知るよしもない。
「ふぎぇいい……ふいぃい」
クラック持ちは観戦に飽きたのか、私との決着を付けたくてうずうずしているようだ。
近くに普通の人間がいなくて良かったと思う。
コロッサルは、脳がコア化した我々とは違う普通の人間や人工物をマテリアルに変えてしまうからだ。
◇
細かい理屈は分からない。
脳がコア化はしていても、肉体はれっきとした人間である私たちハンター体質だけは、コロッサルにマテリアル化されないという現象の原理は謎だ。
「ふやあ!」
クラック持ちが大きめの氷の柱を、矢のように放ってきた。
私は玄人かのように、軽やかにそれを避けてみせる。
「きゃあああ」
「えっ……シナオ!」
不覚だ。クラック持ちは氷柱の軌道上にシナオをも捉えるように位置取っていたのを私は気付かなかった。
そのため、氷柱は避けた私に代わりシナオに命中してしまったのだ。
(この失態……さすがに嘘はつけない)
◇
「痛っ……」
シナオは雪山のやや高い所にいたため、足場からも落ちて更に負傷した。
まあそちらの怪我は大したことがなさそうだが、頭からは流血しており、意識への影響が心配だ。
「シナオ。私が分かるか?」
「……」
人事不省。まずい状態だ。
一刻も早くクラック持ちを倒さないと最悪、シナオは死ぬだろう。
迷わず私はリミットブレイクを使った。
アンチェイン・バースト。
それでクラック持ちを確定的に倒し、取り巻きを混乱させた隙に逃げ出せば良いはずだ。
キシネやバンドウも、私が合図でも送れば勝手に退却してくれると信じたい。
◇
「倒れろおぉおお」
自分でも信じられないような出力がブースターから発せられ、ナギナタからもマテリアルがエネルギー状に放射され始めた。
アンチェイン・バーストは人間性を犠牲にすると言われており、人間性を失うとそのハンターがコロッサルになってしまうらしい。
「ぶぎゃにああ……」
しかし、私には関係のないことだ。
世界を造り変える意思に興味がないだけの私に他者を巻き込む愚行に甘んじるくらいなら、私は私でなくなっても構わない。
「死んだか」
コアの位置は分からないままだったが、全身の至る所を切り刻まれたクラック持ちは消滅したようだ。
◇
しかし誤算はそこからだった。
リーダー格を倒された取り巻きたちは、混乱するどころか激しく興奮し始め、むしろ戦意を高めてきたのだ。
「バカなッ!?」
「フラナぁ、助太刀するぜ!」
キシネが間髪入れずに、猫たちと戦い始めた。
「キシネ、あなたの武器はコイツらに不利だ。それよりシナオを頼む」
気持ちはありがたいが、私はあくまで冷静に指示を下した。
コアの位置が不安定である以上、たとえ2本あっても短刀では、あまりに不利なのは明白だ。
「ま、それもそうだな。すまねえ、ミリちゃんとうまく協力して生き延びてくれ」
キシネはシナオを担いで、公園から退却した。
◇
キシネを護衛するために適当に対集団の戦いを耐え抜いていると、微妙に遅れてバンドウが支援に来た。
「す、すみませんフラ……」
「言い訳はいい、戦え!」
いつになく余裕がない私は、つい声を荒げてしまった……という演出をした。
その方が、バンドウにも気合いが入るだろうという計算だ。
「っ、適当に狙いますので頑張って避けてください」
やや裏目に出て空回りし始めたバンドウだが、まあマシになったほうだ。
前向きに考えるなら、攪乱戦術としてバンドウを囮に出来る。
(多少の怪我は名誉と思え、バンドウ)
私はバンドウを視野に入れながら滑走する事で、可能な限り鉄球を避けつつ戦った。
まあ、いつかは有るかもしれないパターンだ。慣れるチャンスと割りきればどうという事はない。
◇
バンドウはバンドウでグリフォンに乗りながらなので避けにくいかと懸念していたが、射撃の練習のためか、いやにゆっくりと飛ぶので鉄球が猫に避けられてしまう。
「バンドウ、実戦は甘くないぞ。動け!」
「で、でも……」
明らかにバンドウはコロッサルに恐怖していた。順応しすぎる私が異常なのかもしれないが正直、足手まといだ。
「ならせめて、もっと上空にいてくれ」
「わ、分かりました」
別に仕事としてはこのまま退却してもよいのだが、アンチェイン・バーストはマテリアルを大量に消費したため、私としてはここでマテリアル稼ぎをしておきたい。
ある程度はリアクトに徴収されるとしても、それを込みで殲滅させるくらいで丁度よいと私は考えていた。
◇
「鉄球の雨、か」
バンドウが乱射する鉄球が降り注ぐ中、私は私でナギナタを無心に振り回し、縦横無尽に滑空した。
次々に猫を狩り、今回は逃げずに一匹残らず倒す気で私はまた次の得物に向かっていった。
人間、集中すれば頭上の気配には気付けるもので、鉄球に当たらないように動くのには次第に慣れた。
「フラナさん、ラスいちです!」
「分かってる」
左肩のコアを私のナギナタで突き刺されたケット・シーの最後の一匹が霧散し、発掘とは名ばかりのコロッサル・ハントは一段落したのだった。
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