ケット・シー(3)
ケット・シーのような小型のコロッサルには、フェンリルなどの大型コロッサルのように新しい自然を作るほどの能力はない。
せいぜいがこの間の氷のつぶてなどのように小さな生成物、大きくてもハンターがリクラフトする武器程度までしか作れないというのが小型の特徴とされる。
しかしそもそもコロッサルがどうやって生まれてくるのかについては謎が多い。
人間性を失ったハンターが小型コロッサルになった目撃例もあるらしいが、ならば大量に発生する野良はと聞かれて答えられる者はリアクトにもいるかどうかだ。
「世界を造り変える意思なんてよ、実際いるのかも分からん存在にビクビクしながら暮らす俺たちって何なんだろうな?」
「さあ、な。ただ、コロッサルは実在する。そして不可抗力にせよ、我々はハンターになった。それだけといえば、それだけだ」
世界を造り変える意思。
私はそんなモノに興味はないが、コロッサルの発生には世界を造り変える意思とやらが関わっているというのは知る人ぞ知る逸話だ。
「フラナさん。リアクトは何か隠してるって本当ですかね?」
「何をかな?」
「えっと、それは私にも分かりません。ただ、リアクトはコロッサルの勢力とも……」
◇
バンドウはまた、肝心な所で黙ってしまった。
(リアクトがコロッサルと繋がっているとでも?)
実際、ありそうだなと私は思う。
そもそも、リアクトは人々のためにハンターを管理するという大義名分を掲げる割には秘密の多い組織だ。
不正などやましい噂を聞くことこそあまりない。ただ、徹底された守秘義務や箝口令が常態化しているために正義の秘密結社のような妙な胡散臭さが否めないのはある。
「はあ、ハンターって何かとしがらみも多いみたいですし。私は増援さえ来たら即引退しますよ」
「それは良い。私も引退しよう」
「はは、フラナは続けてみたらどうだ? 俺たちの中では抜群にセンスあると思うぜ」
自分で言うのもなんだが、確かに私にはハンターの素質があるようだ。
まるで記憶を失う前にもハンターをしていたかのように、コロッサルたちと戦う時に手にしたナギナタも実にしっくりくる感覚があった。
それにヤツらを斬る感覚さえ……。
◇
ところで、ハンターの多くはいわゆる現場組だ。
それはコロッサル・ハンターもマテリアル・ハンターも変わらない。
「みなさ~ん、発掘ヘルプお願いします」
そう我々を呼ぶのはタマキ・シナオというマテリアル・ハンターだ。
「おっ、下手したらコロッサル倒すより稼げるヤツ来たあー!」
「やめてやれ。シナオは単純に腕が良いだけだ」
フェンリルの急襲を受けた鎌田八幡神社で、とっさに境内に潜った事で無傷で済んだという噂の玄人ハンター。
それがシナオという中年女性だ。
やや小太りではあるが容姿は悪くなく、ハンターにさえならなければ相当モテただろうと思われる。
もっとも、彼女はハンター生活でかなり稼いでいるらしく、不満のなさそうな屈託ない笑顔で我々に手を振った。
「羨ましい、ですね」
「まあ、何事も考えようだ。私たちもハンターである強みを生かしていけば、いずれはあんな風に笑えるさ」
◇
シナオに連れられ、私たちは蒲田本町一丁目公園にやってきた。
「なんというか、公園……だな」
団地マンションが立ち並ぶ中心にあるというのが妥当であろう位置取りにある、平均よりやや広めの公園。
見た目の印象はそんなところだろう。
とは言え、人によっては狭くて退屈と感じるだろうけれど、完全に平和なホームとして再生すれば子どもたちを遊ばせるには十分そうである。
「地面を掘ってはいけませんよ。マテリアルはそんな所に埋まってません」
発掘という言葉に先入観があるため、新米ハンターほどやりがちな失敗らしい。
というのは、コロッサルが作った新しい自然にこそマテリアルは眠るのだ。
なぜなら新しい自然は、我々ハンターがリクラフトする武器と同じでマテリアルを消費して作られたモノだからである。
◇
ここ蒲田本町一丁目公園には、フェンリルが残したと思われる氷柱や雪山が点在していた。
我々はそこからマテリアルを発掘していくのだ。
「ケット・シーなど小型コロッサルの目撃情報があります。くれぐれも警戒を怠らずに作業にあたってください」
そう言うシナオの背には、リクラフトされた投げ矢がカゴに積まれていた。
スロー・クラフター。
スナイプのように銃器型武器やロングボウなどによる射撃より格段に威力は劣るが、小型装備である投げ矢を運用する武装スタイル・スローは発掘しながらのハントにうってつけだ。
クラフターの移動スタイルもまた、高所の発掘に応用が容易だ。
要するに発掘に特化した、シナオならではのビルドである。
◇
しかし発掘を始めて間もなく、シナオは近くで作業する私に愚痴をこぼした。
「まあ、あくまで理論上ですよ、スタイルのビルドなんてね。うっかりピッケル放り投げて、コロッサルの爆破攻撃で台無しにしたりとかありましたし。そうでなくてもピッケル投げちゃうのはマテハンあるあるです」
マテハンとはマテリアル・ハンターを略した名称らしい。
「すまない。私はコロハンあるあるを語れるほどには戦いにまだ慣れてない」
なんとなく、対抗した私はコロッサル・ハンターをコロハンと略してみた。
「コロハンあるある……フラナさんが言うと、なんだか面白いですね!」
「えっ。ああ、そ、そうかな」
面白いという感想を向けられることに慣れていない私は、口ごもってしまった。
我ながら情けないと思う。
もっと嘘に精通しなければ。
▽
その時、ケット・シーが私とシナオの周りに現れた。
「ちっ、しつこい猫だ」
「フラナさん、ある程度はお任せして良いですか? 慣れた私がさっさとマテハンしたら捗るかと」
「ああ。それで構わない」
マテリアル・ハントをもマテハンと略すのか、などとどうでも良い事を考えながら、私はナギナタをリクラフトして構えた。
病院エリアにいた個体たちと比べると、外殻が増えており、コアも耳でないどこかに移されたようだ。
「進化している、とでも言うのか?」
とりわけ胸に大きな十字型のクラックが刻まれた一体は、他の個体よりも一回り大きい。
「コイツからやるか」
私はそのリーダー格の猫に向かって加速した。
◇
私の加速は止められた。
目の前に堅牢な氷壁が建てられたのだ。
ほんの一瞬の出来事。
やはり見た目だけでなく、連中はリクラフト能力も向上させてきたらしい。
「ちぃっ」
ブースターの弱点である慣性の強さにより、私はその氷壁に激突した。
「うみゃみいぃ~」
鳴き声だけなら愛らしい子猫のそれなだけに、新米ハンターや民間人は猫と騙されて襲われやすいのも何気に厄介なコロッサル。
それがケット・シーという種だ。
「ならば周りのザコからだ!」
私は逆向きにブーストし、壁から離れつつ周囲の取り巻きと戦い始めた。
◇
「フラナ~。加勢が必要か?」
「問題ない。この程度は一分でやれる」
キシネの申し出を跳ね、私は自らにプレッシャーを掛けた。
(私、戦いを楽しんでいる……?)
束の間、自問自答した私だったがすぐさま取り巻きたちになぎ払いをかました。
技ですらない、単なるなぎ払い。
それは威嚇でしかなかったが、意外な事に一体の取り巻きがそれだけでコアを破壊され、滅した。
「よく見えなかった。……まあ、いい」
コアの場所までは分からなかったが、腰よりやや上を水平になぎ払っただけなので、つまりコアはその近辺なのだろう。
(あるいは、個体差……)
私の懸念はそこにあった。
つまり、取り巻き一体一体のコアが別々の部位にある可能性だ。
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