カトブレパス(1)

 ペガサスを倒し、しばしの休暇を取っていた私たち。


 しかしバンドウが最近、様子がおかしいことに私は気付いていた。


 何かあったのかを聞き出すタイミングを図っていた私だが、奇しくも新たなコロッサルの目撃情報がリアクト本部から寄せられた。


『お久しぶりです、タツヤです。目黒に未確認コロッサルが接近中。また、ここに来て蒲田のフェンリルが狂暴化しているとの情報も入りました』


 コロッサルからすれば、確かに一体ずつ暴れるなんていう約束はハンターとの間に交わされていない。


 そして話し合いの結果、私とバンドウが未確認型の討伐、キシネがフェンリル討伐にそれぞれ向かうことになった。


「死ぬなよ、二人とも」


 気丈に振る舞うキシネに私たちもまたそれぞれに声援を送り、目黒へと旅立つ。


 ◇


 ZOM。ミスト、つまり霧のゾーンが急激に拡大しつつある旧目黒区に私たちは辿り着いた。


 交易の要が八王子と相模原なら、目黒は住まいの要。

 数々の巨大企業に守られながら、人々は他の地域以上に安全を求めて暮らしている。


 すると、ガイアのものとも違う不可思議なノイズが脳を突いた。


「痛っ……、あれ。フラナさんもですか?」


 どうやらバンドウも同じノイズを感じたようだ。そもそもノイズを挟めるのは、我々ハンターが知りうる限りならばガイアだけ。


 しかしその直後、HLにはノイズと共に音声が届いた。


『私は三百年の未来より来た戦士だ。いざ共に悪しきガイアと戦おう』


 ◇


 サラスケ・タダマ。四十一歳のベテラン・ハンターだ。


 名前だけ聞く限りでは侍にも凡人にも思える微妙な名前だが、ノイズという異常を重く見た私たちは表面上、全面的にタダマの意向に沿う形を取った。


 霧で視界が不自由な中を進むと、やがて伝え聞いた企業のビルの前に、霧の中でも目立つ真っ赤な服の男を発見した。


「おお、あなたたちが頼みのハンター諸君か。ハンター・タダマ、待ちわびたぞ」


 聞くところによると、未来から来たと分かるほどの高度な武装を見せることで、現地のハンターや住民とは特にトラブルがないらしい。


 タダマの武装スタイルはアーマード。全身を装甲で包み込み、武装でありながら様々な結界や防備を搭載した防御特化の変わったスタイルだ。


 ◇


 タダマの話によると、ガイアはこれから急激に力を蓄えて大いなる進化を目論んでいるようだ。


 それを阻止しないとタイム・パラドックスと呼ばれる歴史改変により、タダマたち未来ハンターは消滅してしまうらしい。


「矛盾してるんですがね。つまり我々は未来を変えないために、ガイアを弱体化しないとならんのです」


 怪しいが、今はコロッサル接近の緊急時だ。

 私はリアクト支部と連絡を取り、協力的ならばサポート・ハンターとして受け入れてよいという許可を取り付けた。


 するとまずタダマは、未来ハンターとの演習を通じて実力を高めようと言い出したのだ。


 そんな悠長なと抗議する私たちだが、半ば強引に案内され、未来ハンターたちが借り入れたと言う大きな広場にやって来た。


 ◇


 まず剣道、柔道、プロレス、相撲……あらゆる戦いを極めたタナシゲという男が私と模擬戦をすることになった。


 二十代らしく、まだ初々しさは抜けていないが顔立ちだけなら精悍さの片鱗が見える。


「お手柔らかにお願いします!」


 転倒させれば一本の三本先取らしいが、お手柔らかになど出来ない私は思い付きの徒手格闘で軽々と三勝を挙げた。

 霧が深くても、心眼で捉えればなんてことない。


「下心がバレバレだ。まず煩悩を捨てるのだな」

「は、はい。精進します……」


 おとなげなく鳩尾を突くのは、やり過ぎたかと思うが早くも二番手が来た。


「アタイもカラサワなんだ。奇遇だね」


 ◇


 アスナ・カラサワ。

 名前だけでなく、顔立ちもなんとなく私に似ている。


 そして試合開始が告げられた途端、猛烈なかかと落としが飛んできた。それはそれは飛ぶという動詞の似合う、猛烈なかかと落としだ。


「チェストー!」


 私は避けることも出来たが、重ねるようにかかとを蹴り上げて直撃を防いだ。

 しかし間髪入れずに正拳突きを入れてくるあたりは流石だと思った。


 未来の軟弱なハンターにしては手強く、二勝二敗の末に辛くも私が勝利した。


 バンドウは一戦目でギブアップしたらしい。ハンターどころか戦いを好まない彼女らしいが、私は折角だからと時間の許す限り、バンドウに格闘稽古を付けてやることにした。


 ◇


 ガイアを弱体化するための班と目黒接近中のコロッサルを迎撃するための班に分かれることになり、ここでバンドウとも別行動になった。

 彼女は弱体班に編成され、私は迎撃班に所属したからだ。


「これより我々は、車上戦の訓練を行う」


 未確認コロッサルは地上から迫って来ているがその速さが途方もないため、リアクトが開発した対コロッサル車両に複数人が乗り込みながら戦う方式を採用するのだという。


 タダマの監督の下で私や現地ハンターたちは、疑似コロッサルである巨大な風船に一ヶ所だけ印された、黒い丸に攻撃を当てる訓練をこなした。


 合図となるサインを決め、位置する高さなどで誰が攻撃するかの大まかな分担も決める二重の打ち合わせにより、次第に正確に黒丸に攻撃が当たるようになってきた。


 黒い丸をメインコアとみなすこの訓練によりチームワークが磨かれ、準備は万端だ。


 ◇


 しかし思わぬトラブルが現場にもたらされた。

 車両の動力である石油系燃料が、コロッサルに持ち去られてしまったというのだ。


「なんたる様だ。すぐに取り返すよ!」


 アスナが先陣を切り、様々なコロッサルが配合された雑種の集団を追っていく。


 HLで、リアクトにしては協力的な支部と連携を取りながらコロッサルがいるという旧区役所に到着した。


「あれは、……コカトリス!」


 タダマが叫んだ。中型の、鶏のようなコロッサルがおそらくそれで、コカトリスの灰色の息に当たった小型の雑種がみるみる石に変わった。


 タダマのHLで、コカトリスのメインコア位置が情報化され伝わってきた。どうやら右足の裏のようだ。


 ◇


「いざとなれば右足を切断すればいい。考えすぎず、倒すために行動だ」


 ハンターたちは各々が散開し、ある者は雑種を蹴散らし、またある者はコカトリスと戦い出した。


「息にだけは気を付けろ。石になったら人間性が大量にないと回復出来ない」


 更に部分的にならまだしも、全身が石になってしまえば脳も働かず、治療困難になってしまうようだ。


「フラナさん。危ない!」


 誰かが私の前に出た。完全に油断していて、まさにコカトリスの息が私に吐き出されていたのだ。


「アスナ……!」


 それはアスナ・カラサワだ。彼女はかろうじて全身石化は免れたが、左足が石になってしまった。


 ◇


 アスナは冷静に武装を作り出した。


「私と同じだ」


 ナギナタを片手に、スケボー型のブースト装置。名字だけでなくスタイルまで重なるというのは、単なる偶然とは思えない。


「あなたは一体……?」


 しかし私の話を聞く暇はない彼女は、ブーストで足の不自由をカバーしながらコカトリスの右側面に滑り込み、右足のコアに刃を突き立てた。


「コケーココ!」


 鶏みたいに鳴き喚き、やがてコカトリスはマテリアルに帰した。


 ◇


 どうにか燃料を確保した私たちは、ベースに戻った。コロッサル接近のどさくさに紛れてトラブルが起きるのは今回も同様らしく、霧に乗じて気が違えた暴徒が食料を強奪してしまったらしい。


「アスナと共に、暴徒を捕まえてくれ」


 タダマの指示を受けた私は、暴徒に遭遇するまではアスナをおんぶした。ブーストはマテリアルを消費するし、かと言って足が石のまま歩かせるのは酷だからだ。


「まるでお母さんみたい」


 どうやらアスナの母もハンターをしていたらしい。三百年も後なのでそれが私なわけはないが、肉親に近い情を思わず私は抱いた。


 サポート・ハンターたちの助けもあり暴徒を見つけた私たちは二つのナギナタでヤツらを一網打尽にし、無事に食料を奪還した。

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