ペガサス(2)
HL越しに、私は仲間を召集した。その中にはユタカも当然、含まれている。
彼は私に気付くと「御仏は我々を見捨てていなかった」と言って、その場に力なく崩れ落ちた。
オオツカを含め隊商のメンバーは大怪我を負っており、医薬品が足りなかったのか手当てが不十分なようだ。
ようやく見つけた生存者を、このまま見捨てるわけにはいかない。
やって来た仲間ハンターを含めた私たちに治療を受けた仲間の様子を見て、オオツカは涙を流して感謝した。
「本当にありがとう。御仏もお主らの活躍を見ていてくださるだろう……」
そう口にした彼は、せめてもの礼として懐から取り出したマテリアルを私に手渡してくれた。
私が烏天狗の面を持っていたので、大塚はさらに感謝を深くしたようだ。
「飯綱権現様が……。そうか、お主らを遣わしてくださったのか……」
飯綱権現とは、白狐に乗った烏天狗の姿を持つとされる山岳信仰発祥の神。
戦勝の神として、中世戦国時代の武将に盛んに信仰された。現在も高尾山薬王院をはじめ、主に関東以北の寺院で祀られている。
その直後、リアクトからのHLで、コロッサルがハチオウジベースへと向けて動き出したという報告が届く。
オオツカがそのことを知ると、「我々のことはよい。ベースのためにもコロッサルを頼む。お主らに御仏と戦勝の神の御加護がありますよう……」と激励してくれるだろう。
ベースのリアクト支部にオオツカたちの所在や状況を伝えたところ、救援部隊が派遣されることになった。
ただし、私たちがコロッサルを無事に討伐出来ればという話だが……。
◇
避難所への道を倒木が塞いでいるとの連絡を受け、私たちはその撤去に向かった。
雨風は弱まることを知らず、このまま天候が悪化すれば、子供や老人は避難そのものが危うくなるかもしれない。
実際、近くには避難しようとしたが、立ち往生してしまっている住民も居る。
私たちはユタカとも協力し、倒木を撤去するための作業を進めていった。
難なく木々を取り除くことに成功し、住民から感謝と労いの声を掛けられる。
「まだ若いのに、偉いね~」
年齢を思えば余りに若いユタカに、特に労いの声が向くのは自然なことだ。
まだ風雨はさほど強まっていない。今ならば、彼らも安全に避難所へと辿り着くことが出来るだろう。
◇
避難を始めていない住民たちが、なぜか消息不明になった商会の拠点に集まっているという。
私はリアクト支部職員から説得を頼まれて、その店に足を踏み入れた。
そこには僧服に身を包んだ男性――リクゼンと、商会のメンバーらしい初老の老人たちが、てこでも動かぬとばかりに座り込んでいた。
五十代後半だというリクゼン。
かつて軍人として、コロッサルと戦ったことのある男性だ。その時の怪我が原因で退役し、現在は仏僧としてハチオウジベースに腰を落ち着かせている。
消息不明になっていたオオツカとは軍人時代、上司と部下の関係だった。
リクゼンは物腰こそ丁寧だが、PCが危険を伝えても避難しようとしない。
「貴殿らに迷惑を掛けたくて申しているのではございません。拙僧らは危地と知ってなお、この場から離れたくはないのです。馬頭明王の紛い物たる、あのコロッサルが近付いているならば尚更のこと」
馬頭明王。
八大明王の一尊で、憤怒の形相でさまざまな魔性を砕き、苦悩を断つ明王だ。
自らを倒したブラフマー神の化身。
または、ヴィシュヌ神が魔を鎮めるために変身した馬の姿を起源にしているといわれ、ヴィシュヌ神の化身とされる説もある。
民間信仰では馬の守護神とされ、さらに、馬のみならずあらゆる畜生類を救うとされる。
◇
彼らは隊商のリーダー、オオツカが帰ってくるのを、ここで待っていたいのだという。
なぜかと問えば、 「……意地です。かつて我らはあのコロッサルめに敗北を喫した。だが、死にもしなかった。此度の襲来は、その再戦のように思われるのです。オオツカ殿が無事帰還すれば、我らの勝ち。逆ならば……老い先短い身、若人の重荷になってまで生き延びようとは思いませぬ」とのこと。
リクゼンは祈るように両手を合わせる。
見れば、その手の一方には、馬頭明王から転じたと言われる観音菩薩の木像が握られていた。
意思は固そうだが、彼らを見過ごすわけにはいかない。私はリクゼンらの説得に成功したか判定を行うこと。
彼らは頑なに避難を拒否し続ける。
リクゼンは手間を掛けた詫び代わりにと、コロッサルの情報を教えてくれた。
リクゼンが教えてくれるコロッサルの詳細は、次の通りである。
形状はペガサス型。
サブコアの位置は目の下。メインコアの位置は左翼の先端。
「我らのことは捨ておいていただいて構いません。そのような些末事よりも、どうか、この地に迫る厄災を打ち払いますよう、お願い申し上げます」
彼はそう懇願した後、床に置いた木像に向かって経を唱え始めた。
他の老人たちも唱和し、その後は一切耳を貸そうとしなかった。彼らの覚悟は固いようだ。
◇
ハチオウジベースにも小型ながら発電所が設置されている。その配線の一部が強風で切断されたらしい。
現場に向かうと、切れた配線が激しく宙を揺れている。万が一、住民や建物にぶつかりでもすれば事故や火災の元になりかねない。
手間取ることなく配線の修復は完了した。 だが、風は強くなる一方で、いつ他の場所で電線が切断されてもおかしくない。
危ない所を見回って、出来るだけ補強しておくことにした。あとは何もないことを祈るしかないだろう。
「ユタカさん。ここの見回りが終わったなら、サポートを終わってあなたも避難してください。相手はコロッサル。まだ成人してないあなたを巻き込むのはルールの上でもダメだし、私たちも望みません」
珍しく語尾を詰まらせないで、バンドウはユタカに指示を出した。新米の世話をすることで、バンドウなりに責任感が生まれたのかもしれない。
◇
黒雲うごめく山頂に、強風をものともせず悠々と翼を広げて飛ぶ怪馬がいる。
風雨は強まる一方で、雨に遮られてハチオウジベースの姿は見えない。
ペガサスは文明の残り火を消し去らんとしているようにも見えた。
あの凶馬をベースに向かわせるわけにはいかない。
武装を作り出し、私たちは決戦へと向かった。
「氷の力だああ」
ウェザーの武装で氷の足場を作りながら、キシネはまるでクラフターのようにペガサスを後方から追っていく。
更に前面にグリフォンで回り込んだバンドウが、鉄球をペガサスの頭部に油断なく浴びせた。
「ヒヒィィイン」
堪らず悲鳴を上げるペガサスに、私はブーストしながら背面に回り、ナギナタで左の翼を斬った。
「惜しいぜ、フラナ。だがこの調子なら倒すのも時間の問題だな!」
◇
大型コロッサルを物ともしない、ケット・シーの頃とは比べものにならない高度な連携。
付け焼き刃とは言え、私たちがハンターに選ばれたことには「ここまで伸びるはず」というリアクトからの期待があったのだろう。そう思わせる戦いぶりだ。
「よし、ミリカ。次はパターン73だ」
「えっ、なんですかそれ?」
今のはキシネの冗談だが、やがてはそこまでの戦略パターンを練り上げ、次第に進化を遂げるガイアの悪意に立ち向かわなければならないのだろう。
雨が上がり、雲の隙間から日差しが漏れて私たちを照らし出す。それはベースにまで届く、勝利の先触れとなった。
「もらった!」
ナギナタが貫いたメインコアが砕け散り、ペガサスはマテリアルへと還元していった。
リアクトの救援部隊によって、寺院に身を隠していたオオツカたちも無事帰還できるだろう。
ハチオウジベースとサガミハラベースの交流も様子を見て再開し、すぐに活気を取り戻すはずだ。
殊勲者たる私たちが、しばし休んでも罰は当たらないだろう。神仏の加護があるようだから。
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