カトブレパス(3)

 深い霧に取り残された一般住民を救出すべく、私はリアクトの目黒支部から連絡を受けて沼に来ていた。


 霧どころか水気が増し、自然公園だったのがわずか数分で陸の孤島となってしまったその地には、数十名もの住民が一ヶ所に固まって、助けを求めていた。


 それだけならまだ良いのだが、ビッグゲーター型というワニのようなコロッサルの小型が沼に潜んでおり、少しでも縄張りに入るとたちまち強力なアゴで噛みちぎられるのは間違いない。


 ワニを殲滅するか、救出を優先するかの判断を私は迫られた。


 下手にワニを刺激して、怯えた住民が予期せぬ自滅をしてしまう。そう考えた私は住民をブースターで運び出していく方針に決めた。


 住民の脇下に背後から腕を通し、よほど暴れなければ落ちないようにして慎重に救出を進めていく。


 どうやら戦うまでもなく、全員を救出出来たようだ。お礼として、偶然見つけたというRMを受け取った。


 ◇


 カトブレパスの進行を食い止めるため、催涙ガスを敵に散布する指令が支部より下された。


 そこで私はタダマたち数名のハンターらと共に、群馬と東京の境付近に向かった。


「絶対に正面に回り込むなよ。側面もだ。ヤツだって振り向くくらいは出来るわけだからな」


 石の睨みを避けるためのタダマの助言を受け、私たちは敵の上面からうまくガスを散らすことにした。


「ぶもーっ」


 牛のような唸りだが、その巨体のために空気がビリビリと震えた。カトブレパスの鳴き声だ。

 いや、それだけではない。ヤツの咆哮には人の神経を麻痺させる作用があるようだ。


 私たちはヘリで追跡していたが、パイロットが操縦桿を握れなくなりヘリは墜落した。


 ◇


「自動操縦なら良かったな」


 私が全員を抱えて脱出したので難を逃れたが、出来れば予算を変にケチって自動操縦ヘリを買わないリアクトの意向はそろそろなんとかして欲しいところだ。


 ヤツのあの【麻痺の遠吠え】という攻撃も知ってはいたが、思っていた以上の効果に一同は戦慄した。


「仕方ない。ブースターが使えるのはキミだけだ。なんとか麻痺を無効化する武装を至急手配してもらうから……」


 タダマがそう言う中で、コロッサルの足音が大きくなってきた。カトブレパスは予定を変え、まず後方にいる私たちを潰すことにしたらしい。


「フラナくん。すまないがひとまず全力で退却だ。だがヤツの視界にも入るなよ!」


 私はタダマの意向に従い、なるべく上空を飛行しながらカトブレパスが見えなくなるまで皆を抱え、飛び続けたのだった。


 ◇


 対コロッサル車両を改良し、麻痺防止のための音波緩和煙幕を張る装置を取り付けることになった。


 しかしここに来て間の悪いことに、リアクトの覚醒派が私たちの仕事を邪魔しにやって来た。


「まずハンターとしての逸材を探す。お前たちでは力不足よ」


 リノ・ナンジョウ。名前だけなら可愛らしい二十五歳のリアクト幹部だ。


 限られた戦力の中で、万全の準備で戦いに挑むなど高望みも甚だしいと主張し、「夢想断つべし」の中庸を謳う彼女だが立場としてはつまり「死ぬ覚悟で戦え」が実質的なモットー。

 過激派の一翼を担う単なるワンマンだ。


 そして、どうやら未来ハンターの監視をするため、本部が送り込んだ新手らしい。


 ◇


 ひとまず私は折衷案を出し、装備を整える者とハンターをスカウトする者に分かれることになった。


 忌々しげに私を睨むナンジョウ。どうやら出すぎた真似をする生意気と見なされたようだ。

 今後は少しでも下手を打てば、私は幹部であるナンジョウの一声で本部から何らかの処分を受けるだろう。


「どうしても少数精鋭が良いみたいだから、ノルマを課してあげる」


 三十分で二十人。ほぼ一分に一人と思わないと間に合わない無茶なスカウト目標を告げられた。

 そう、有無を言わさず私はスカウト側に配属されたのだ。


 しかし上長の命令は原則として絶対。

 暗黙のその了解に基づき、私は極力、強引にならないように素質のある住民を見定め、声をかけていった。


 結果はたった三人だったが、ナンジョウは無言だ。無茶を承知で私のやる気を試しただけなのかもしれない。


 ◇


 かつての私たちのように、幾ら素質があってもやる気がなければハンターとしての最低条件はクリア出来ない。


 実際、私が声をかけた内でもレツモトという二十代の青年は気鬱そうな表情だ。


 ナンジョウからは「無理はさせるな」など優しい指示を期待していたが「やる気を絶対に引き出せ。無理なら蒲田に帰れ」と余りに厳しい言葉が飛んできた。


 ハンターとしての私の経験などを力説しレツモトの闘志を高めようとしてはみるのだが、どうにも噛み合わない。


「お前……ハンターとしては素晴らしいが、友だち少ないだろ?」


 なぜか私に友人らしい友人があまりいないことを指摘しつつ、ナンジョウは鍛え抜かれたセールストークでみるみるレツモトのやる気をみなぎらせた。


 どうやらナンジョウには単なるワンマンにはない、裏打ちされたキャリアがあるようだ。


 ◇


 今年を限りにハンターを引退するという老人が、私のところに訪れた。


 シンタ・ムロワダ。

 六十代だが、見た目は四十前半でも通るほど若々しい男性だ。


「ナギナタ使いがおると聞いてのう。ワシの昔の知り合いにもおったよ。技を教えてやろう」


 すると普段は大砲使いのムロワダは珍しくナギナタをリクラフトし、目の前には案山子をリクラフトしてそれを斬って見せた。


 七つの斬劇が案山子を細切れにし、バラバラと崩れた。


「紫雲斬。これで一瞬に七回斬ることが出来るのう。おめでとう」


 紫雲斬という技を一目見ただけでは分からない私は、何度かコツを伝授してもらい練習を重ね、ようやくその技を習得した。


 ◇


 霧の中を、ある大企業の重役を護衛することになった。


 テーラル・ブジョン。ブジョン財閥を一代で築き上げた、世界的な大富豪だ。


「地盤の作り方を知りたくないかね。食事に付き合ってくれるなら、幾らでも教えてあげるよ」


 年齢不詳の、中性的な外見は不思議と人を惹き付けるらしいが、私には理解しがたいナンパ人間にしか思えない。


 戦闘車両も込みでハンターを一時的に借り受ける形で、新宿まで護衛を依頼したのを受けたのはブジョンの払いが良いからだと言う。どいつもこいつも現金なものだ。


 不意に視界の悪さを突いて、悪党たちが飛び出してきた。ハンターの武装を強奪し悪事を重ねる、どこにでも湧く集団だ。


 私は一人で十分と車両から飛び出して、滑空しながら輩どもを一蹴した。


 ◇


 その時、車両が爆発した。

 私が慌てて駆けつけると、ハンターたちも重傷だがブジョンの怪我が酷い。


「わ、私を見殺しにすると財閥は……お前の……敵……」


 それだけ言い残し、ブジョンは意識を失った。脈はあるので死んではいないが、決して油断出来ないほどの重篤な出血状態だ。


 ハンターはまだ人間性を代償にリカバリー出来ると考えた私は真っ先にブジョンを救出することにした。


「内通者がいた。逃げてる……捕まえてくれ」


 あるハンターに言われ人数を確かめると明らかに一人足りない。どうやらハンターに裏切り者がおり、その者こそが爆破の犯人のようだ。


 ◇


 遠くに微かな人影がある。

 おそらくヤツが犯人なのだろう。


 私はプジョンを助け出そうと組んでいた肩をそのままに、判断を迷った。


 今、動けるのは私しかいない。HLで増援は呼んだが、近くても三分はかかるというハンターばかりだ。


 プジョンは痙攣し出していた。それが医学的にどんな状態かは分からないが、見た目にはどう考えても死に行く者のそれだ。


 私は咄嗟の判断で、使ったことのない遠隔武装を作り出した。

 麻酔弾を込めたライフルだ。当たれば犯人の動きを拘束可能なはずである。


 車内の応急キットから速効性の鎮静剤を取り出し飲んだ。「狙撃する場合には必ず服用しろ」とハンターならば必ず言われる、手の震えを止め射撃の精度を高める薬物だ。


 深呼吸し、まだ視野にある内にスコープ越しに犯人に狙いを定めた。そして引き金を引き、三発目で倒れたのを見届けた私はプジョンを最寄りの病院に連れていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラスト・メモリー 桐谷瑞浪 @AkiramGodfleet2088

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ