ラスト・メモリー
桐谷瑞浪
フェンリル(1)
世界を造り変える意思。
そんなの、私の知った事ではない。
20XX年某月、ホームトーキョー・カマタベース。
私は、仲間たちとそこにいた。
そして、ただただそこにいるだけの日々を続けた。
「コロッサルなんてよ、要はバカでかいモンスターだろ? はっきり言ってリアクトに任せてりゃあ良いんだ。これまでもそうだったし、これからもずっとそう。そうだろ、フラナ?」
フラナ・カラサワ。
私の名前……だと思う。
私の記憶には大きな欠損がある。
だから私は、私が何者なのかを知らない。
「アラさん。だけどヤツらは」
私は何も思わないけど、ミリカという名らしい同年代の女性はそう口を挟んだ。
らしい、というのは、記憶欠損者は私だけではないという意味に等しい。
アラさんと呼ばれたのはアラタ・キシネという壮年の男性。
ミリカ・バンドウは最近になってカマタベースにやって来た、いわば新人だ。
そして私もキシネもバンドウも、みな一様に記憶欠損者、更に言えば「ハンターにならないぞ連盟」の一員だ。
◇
コロッサル。
例外なく巨大な生物であるが、その生態には謎が多い。
ただ、マテリアルと呼ばれる物質を使って新しい自然を作る存在である。
というか、そうであるらしい事が人々には知らされている。
「ハンターとか急に言われてもよお。俺たちゃ好きでハンター体質になったわけじゃねえもんな?」
「それは、まあ、そうですケド……」
先ほど何かを言いかけたバンドウは、上手いことキシネに言いくるめられてしまった。
そこで、見かねた私が助け船を出してやることにした。
「バンドウ。リアクトについて思う事があるなら、何でも伝えて構わない。口と性格は悪いが、キシネは面倒見に関してだけは他の追随を許さないからな」
「そ、そんな滅相もないです~」
根っからの不良親父であるキシネ。
まあ、私は私で、こんな風に反発の声すら引き受ける悪癖のため、反リアクト勢力の代表だとか異端のハンター体質だとか散々に言われているのだが。
◇
そう。私たちはハンター体質。
脳がコア化された、ハンターたる資質を得てしまった人間なのだ。
「お、また底辺のゴミたちの井戸端会議か?」
「出たな、リアクトに魂を売った金魚の糞がよ!」
私たちを底辺のゴミと揶揄してきたのは、リーダー格のハンターであるトウマ・アマシタだ。
キシネとアマシタの喧嘩は、今に始まった事ではない。
なんならそれは、キシネがここカマタベースにやって来た瞬間から始まった、宿命的な犬猿の仲なのだ。
「よしてくれ、アマシタ。私たちだって覚悟さえ決まれば、あなたたちに合流する。必ずだ」
私は嘘を吐いた。
なぜなら私は、嘘を吐くのが天才的にうまいからである。
◇
「かれこれ一年もそれじゃあねえ。言い訳上手のキシネ派の一味、その幹部に匹敵するお前がそんなだから、余計にベースが汚れるんだよ」
アマシタは座り込んでいた私の頭を蹴飛ばしたので、無力な私は当然のごとく盛大に吹っ飛んだ。
キシネと同時期にカマタベースに来た私を、アマシタがキシネ派の幹部と見なす。
それはまあ、無理もない事だ。
「おい、立てよ。お前たちは目の前でハンターが死んでいくのが愉しいかもしれないけどな、俺たちはいつでも真剣に生きてんだ」
「や、やめてください!」
激昂するアマシタの前に、バンドウが立ちはだかった。
「何のつもりだ、ミリカ・バンドウ」
そう言ったのは、しかしアマシタではない。
私だ。
「えっ、フラナさん……?」
「私は蹴られて当然の弱い人間だ。人間を守り抜いているアマシタに、私はいつも頭が上がらない」
これも私の嘘だ。
なぜなら、世界を造り変える意思などに興味がない以上、そこに関わらざるを得ないハンターになど死んでもならない。
私はそう決めているのだ。
◇
ホーム。
厳密には普通の人間が安全に生活可能なエリアを、そう呼ぶとされる。
ただ、最近はかつて都道府県だった区分を呼び分けるために、単に都道府県の名前の前にホームと付ける慣例がある。
それはいわゆる、厳密な意味での安住の地なんてないという皮肉だ。
そして、その皮肉は守られる側の人間たちから出たものである。
「ホームを汚すなよ、お前ら」
アマシタはそれだけ言い、その場を離れて行った。
蒲田駅のホームに、私たちはいる。
皮肉な事に、ホームとは名ばかりでコロッサルとは一触即発のゾーンである事も珍しくないそこは、まさにベースの定義こそふさわしいエリアだ。
(まあ、あくまで駅のホームだから仕方ないけど)
ゾーン。
それはコロッサルが新しい自然を作るエリアだ。
そしてカマタベースのハンターたちは、率直に言うとゾーンに阻まれ、ホームの拡大に苦戦していた。
◇
ハンターになるのが怖いキシネ。
リアクトに一物あるバンドウ。
そして、世界に興味がない私。
三者三様ではあるけれど、いずれにしても「ハンター体質でもハンターになりたくない」という共通項が私たちを仲間たらしめている。
もっとも、キシネに関してはハンターになりたくないと明言したわけではない。
だが単に、会話の節々に見え隠れする恐怖心は、一年間という長きに渡り行動を共にしていれば自ずと見えてくるものだ。
「それにしても、本当に三人だけになっちゃいましたね」
バンドウが呟いたが、私もキシネも黙っていた。
バンドウが来るまでは、なんだかんだで我々のような者はたくさんいた。
多い時には百人以上いた事もあった。
ハンターになった者、脱出して平和なエリアで隠れながら生きる者、あるいは様々な理由でいなくなった者。
色んな経緯があったというだけだ。
◇
だから別にバンドウが疫病神とは思わない。
実際、間が悪すぎて見ていても可哀想なほど、ちょうど人が少ない時期に来てしまった。
本当にそれだけなのだが、キシネは申し訳なさからか、同年代の私に敬語を使うのが癖になってしまっていた。
「大変だー。アマシタがやられた」
リーダー格であるアマシタを始め、カマタベースのハンターはその日、ほぼ壊滅した。
コロッサル、フェンリル。
その白狼の姿は各地で目撃され、リアクトに伝わり、伝えたハンターも含めて亡き者となった。
リアクト。
それはハンター管理組織であり、マテリアル回収を担うホーム開拓エージェントでもある。
◇
「お前ら、リクラフトだけでも教えてやる。いざとなったらな、自分の身は自分で守れ」
私たちにフェンリルという災厄を伝えに来た、生き残りのハンターであるイクロウ・ホキは、実に分かりやすくリクラフトの方法を私たちに教えた。
リクラフト。
私たちのコア化した脳をコロッサルがコアを扱うように行使する事で、対コロッサルに特化した自前の武器を作る、いわば魔法だ。
なぜ対コロッサル特化になるか。それは、マテリアルである自前武器はコロッサルに破壊されないからだ。
余りに唐突に起きた非常事態に、普段は泣き言ばかりのキシネも必死に剣をリクラフト出来るように特訓し出した。
「記憶がないのは大変だろうけど、出来るだけ頑張ってくれよな。はっきり言って、もしかしたらお前らはカマタベースのリーダーにならなきゃならないかもしれない」
イクロウから突き付けられた非情な現実。
カマタベースには最早、まともに戦えるハンターなどいないという事をイクロウは再三、私たちに力説したのだ。
続いて、私たちは最終的にはスタイルを選択する事を余儀なくされた。
つまりは実質的に、ハンターとしての教育を半ば強引に施されたのだ。
◇
スタイルは職業のようなもの。
幾らリクラフト出来るようになっても、イメージを固めないと実戦で十分な運用は出来ないらしい。
そのため武装と移動、一つずつのスタイルのイメージを決めてリクラフトを完ぺきにしたいというわけだ。
「はあ、ったくよ。あんだけオラオラ系のトウマがやられるんじゃあ、俺たちはおしまいだ。記憶をなくしたホームレスとして狼モンスターに殺されんだあ」
キシネの弱音を私は無視した。
余談だが、記憶をなくしたのは別に脳のコア化とは関係ないらしい。
らしい、とまでしか私も知らないし、今まで出会ってきた記憶欠損者たちも分からないらしかった。
(リアクトなら、何かを知っているだろうか)
フェンリルとか言う脅威に立ち向かうしかないなら、せめてそれくらいはヤツらに説明してもらわないと気が済まない。
そして私はリクラフトしたナギナタを、豪快に振り回して見せた。
武装はヒノマル、移動はブースター。
即ちヒノマル・ブースターとして私はハンターの道を歩み始めたのだ。
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