言葉にならない物語がいつか、わたしを《殺》すだろう

頭のなかに溜まり続ける物語が、言葉が、いつかあなたを殺すとしたら、あなたはどうしますか。

数年振りに再会した大学時代の先輩は、「いま、何してるんですか?」という《僕》の他愛ない問い掛けに、こまったように微笑んだ。

「いま、ね。死ぬ準備、かな」

彼女を侵す病。それは言葉にならない物語が、頭のなかに溜まり続け、死に至らしめるというあまりにも幻想じみたものだった。

頭蓋骨のなかに溜まり続ける、思考。膨らみ続ける言葉の莟が咲いたとき、《彼女》は息絶える。延命措置はひとつ。小説を書き綴ることによって、それらを頭の外側に吐きだすことだけ。
それも、ほんとうに延命がかなうかはわからない。
それでも、学生時代から彼女のことを好きだった《僕》は、その僅かな望みに賭けると決めた。昼夜問わず、物語を書き綴る彼女の側について、その作業を支え続けようと。

「ここは静かだよ。私と、君と、物語しかない」

これは物語に蝕まれ、言葉に侵された、ひとりの物書きの幻想譚です。
静かな物語でありながら、最後には激しく胸を揺さぶられます。書き続けることでか細い息をなんとか繋いでいるような、それでいて、いき急いでいるようでもある先輩の背中が、読後しばらく経っても目蓋の裏に焼きついて離れません。
とても美しい幻想文学です。
是非ともご一読いただきたいです。

その他のおすすめレビュー

夢見里 龍さんの他のおすすめレビュー563