天邪鬼 2
富士の麓に降り立てば、辺りは一面の青田である。まだ若い稲が夜風に揺られさわさわと賑やかだ。背負う破魔の太刀の重みが真を少し憂鬱にするものの、歩いてすぐに武家屋敷の灯を見れば自然口元が緩んだ。
志津の部屋は母屋から離れに移り、真と二人で暮らしている。門をくぐって一直線に離れを目指すと、出汁の良い香りが漂ってきた。離れの玄関扉を開けるのにもはや何の遠慮もなく、突然帰宅した真に志津は驚いて声をあげた。
「あれ、真じゃないか。もう帰ったのかい?今年はえらい早かったねえ」
「まだ終わっとらんわい」
着物に割烹着を重ねて、振り返ったその手には菜箸を持っている。鍋の味噌汁はきっちり一人分で、少しの粟と沢庵がその日の夕飯だった。何度指摘しても一人の日は質素な食事を心掛けており、それが気に入らない。志津は、むっとしている真をよそに背中の風呂敷を受け取ると中身が太刀であることに気付いた。総大将からの預かり物だと伝えれば深く言及することなく、ふーん、と半眼になる。
「やだよこの人ったら土産もないなんて」
「この女の図々しさはなんとかならんのか」
真は天を仰いだ。百鬼夜行は道半ば、東海道を進めど京に辿り着いてもないのに土産なんてあるわけがない。しし、と笑った志津は真の手を引いてひとまず帰りを喜んだ。
泥だらけだった猿のような子供はそれなりの女に成長した。顔立ちはけして美人ではなかったが、楽しそうに笑う姿は皆の心を惹きつけた。
朝は鶏の鳴きだす前から支度を始める。二つ並べた布団も二人並んで眠ることはほとんど無く、丁度志津が目を覚ます頃に真の瞼が重くなってくる。朝餉の包丁の音を聞きながら眠りにつき昼餉の音で起き上がる生活は、真を穏やかに満たしていた。
志津はよく笑い、よく働く。好きだった薙刀を子供たちに教える傍ら、小さな畑と小山の桃を世話している。力仕事ですら真を頼ろうとしないので、目を光らせておかなければならない。吾助の碌に頼って甲斐性なしの居候として扱われるなんて御免だ。それに、先回りをして仕事を奪ってやったときに浮かべる照れたような笑顔はなかなか悪くない。
近所の広場では夏祭りの準備が進められている。先月から歌と踊りの練習が始まったようで、日が暮れる少し前から武家屋敷の周りが騒がしくなった。伝統的な歌と踊りは練習なんてしなくても体に染み付いているのに、辺りの住民が集まって毎日楽しそうに練習に励む。
祭りの存在は聞いていたが毎年百鬼夜行の時期に重なるので歌も踊りも初めて知った。志津がたまに口ずさむ歌の一つはこの祭りの歌だったようだ。今年はきっと二人で行こうと張り切った志津は、いそいそ浴衣の風通しなどをしている。
「赤はもう若すぎるかしら」
両手に帯を抱えて真剣に見比べているが、真にはちっともわからない。色は濃いか薄いか、鮮やかかくすんでいるかであって、老いも若いもないだろう。
「はねっかえりの志津は橙じゃろ」
腕をまくらにごろりと寝そべって傲慢に呟くと、志津の顔が明るくなった。
「あら、じゃあ藍色にしようかね」
「おい」
「しし」
笑いながらとりどりの色帯を箪笥にしまい、衣紋掛けには橙色の帯だけをぶら下げた。若草の生地に菖蒲が咲いた浴衣を選んだときには上機嫌で祭りの歌を口ずさんでいた。何度も同じ歌ばかり聞くもので、畑を耕すときや街へ桃を卸す時などついつい真も口ずさんでは、志津に見つからぬよう辺りを見渡した。
夏祭りは毎年七月の十五夜に行われる。母屋の吾助達も昼過ぎには祭りの支度を始め、日が暮れるのを待っていた。吾助が言うには、毎年志津は進んで留守番をしていたようだ。離れの縁側からでも打ち上げ花火は見えるといって出不精を装っていたらしい。鼻を高くして本人を問い詰めても素知らぬふりで通された。
夕焼けに富士が赤く染まるころ、二人はきゅうりの浅漬けで軽く小腹を満たす。畑で採れたきゅうりは真が手塩にかけて育てたものでこの世のどのきゅうりよりも美味しい。志津と出会ってから、ありふれた食事や景色が一転してしまった。きゅうりの皿を空にしても、満たされていない腹がなる。祭りの出店で買うはずの寿司や団子も待ちきれない。
「やっぱりもう少し食べてから行こうか」
迷ったのは一瞬で志津は海苔のすまし汁も作り始めた。出汁が煮えればすぐに出来ると、浴衣に割烹着を身に着けて調理場に立った。真っ白な割烹着の間から、菖蒲の浴衣を引き締める橙色の片蝶流しが見えている。胡坐をかいて満足そうに眺めていた真は、突如顔をあげて立ち上がった。
「あら、どうしたんだい」
「……厠じゃ」
言いながら下駄をつっかけて玄関扉を開けると気の抜けるような呑気な声で、いってらっしゃい、と返ってきた。
夜に変わろうとしている逢魔が時の空に、行き交う人々の賑やかな声が響いている。離れを出ると、途端に真の目つきが厳しいものへと変わった。下駄の小気味よい音を響かせて踏み切ればすぐに妖怪の気配を辿ることが出来た。桃の木が立ち並ぶ山の斜面に黒い粒のような虫が飛び交っている。虫達は真を見つけると綺麗に整列して桃の木の下に落ち着いた。この小さな蚋たちに敵意はないように見え、真は警戒を解いた。
「天邪鬼さま、どうか我らの住処を荒らす影を払ってくれませぬか」
「くれませぬか」
「くれませぬか」
蚋たちは次々真に語りかけた。蚋の小さな体では頭を下げているやらふんぞり返っているやらわからない。
「……儂は面倒事は嫌いじゃ」
真はあからさまに顔を曇らせる。江戸に引き返すのが嫌で志津のもとに帰ったというのに、ここで蚋の手助けをしていては本末転倒だ。
「しかしその腰の太刀は破魔の太刀でございましょう」
「つまりあの百鬼夜行に連なるお方ということ」
「百鬼夜行は弱き者に手を差し伸べると聞き及びました」
蚋たちは羽音をさせながら真の周りをぐるぐると飛び回る。万が一のために離れから持ち出した破魔の太刀がこんなところで仇となる。別に百鬼夜行は妖怪を助けるためのものでもなければ、正直なところ総大将の言う人と妖怪の秩序になど興味はないのだが、武家屋敷の近くで騒ぎを起こされては堪らない。
「……で、儂は何をすればよい」
総大将が妖怪の手助けをしている姿なら何度も近くで見ている。見様見真似で蚋たちの願いを聞き入れてやった。
「なんとありがたい」
「さすが天邪鬼さま」
「おおすばらしきお心遣い」
「ええい、ぶんぶんうるさいのう」
ぐるぐると真を取り囲みながら喜ぶ蚋たちに、ぼりぼりと頭の後ろを掻いた。空の赤色はあっという間に山の端だけになってしまい、夏祭りの時間が刻一刻と迫る。早々に片を付けて武家屋敷に戻りたいので足早に向かいながら話を聞いた。
そう遠くない富士の樹海の入り口に、蚋たちの暮らす小出沼がある。夜な夜な人の霊が集うと噂のその沼は、次々と人が身を投げることで有名だ。名前だけなら真も知っている。木々の合間から光が差し込む美しい沼に一度足を踏み込めば沼の泥に食われて沈んでゆく。まるで死の世界へと手招きしているかのような現象からとって、小出沼。おいで、おいでで小出沼だ。
「しかしどうも穢れておるようでして」
「少しずつ瘴気が増えて苦しく」
「暮らす場所に困っておるのです」
「食事もままならんのです」
蚋の羽音が耳元で喧しく、半眼になって片手で耳を押さえながら小出沼の縁に立ち一望した。群生する茅に囲まれて花の一つも咲いていない殺風景な風景だ。樹海の一部である木々の隙間から夜空は見えるが深く覆われており富士は見ることが出来ない。夜空の下で沼湖面は黒く濁り、茅も木々も映すことはなかった。月の位置がまだ低いのもあるが、辺りに漂う濃い瘴気が主な原因である。
大きな妖怪の気配はなく、瘴気の正体は怨念が滞り少しずつ膿となったもののように見える。小出沼に足を踏み入れた人間が死の間際に発した怨念だ。
「ふむ……瘴気を溜め込む依代があるはずじゃの」
真は沼に膝まで浸かって結論付けた。後は依代を見つけて破魔の太刀で切ってしまえば仕舞いだ。小出沼で死んだ人間の怨念なんて、留まることもできずに瞬く間に消えてゆくだろう。厄介のなのは何が依代になっているか見当もつかないということだった。多いのは壺、呪具、装身具辺りだろうか。きっと小出沼で亡くなった誰かの持ち物が沼に落ちてそのまま依代になったのだと予想される。だとすれば持ち運べる大きさかつ沼の底の泥に沈んでいる可能性が高い。
真は蚋たちと協力して沼に手を突っ込みそれらしきものを探した。はじめに蚋が一通り水中を確認したが、見つからない。依代は間違いなく膨大な泥の中に沈んでいる。襷をしていても浴衣に泥が散ってしまうので途中から浴衣を守るのは諦めた。
夏の夜は蒸し暑く、小出沼の辺りは風通しも悪いので濁った空気で汗をかく。じりじりと焼けるような焦りの中で背に腰に下げた破魔の太刀が熱を帯びているように感じた。
「……」
物は試しと抜いた直刃から蚋が一斉に距離を置く。不思議と、太刀を握っていれば辺りを覆うように広がった瘴気の濃淡が分かった。導かれるように真は沼の中心に腰まで沈めてしまう。沼の底から引っ張り上げたのは、薄汚い牛革の袋であった。手のひらほどの革袋の口を締める紐には、勾玉の飾りがついている。年季が入っているところに沼の泥も相まって一層みすぼらしいだ。
真が放り投げた革袋は高く上空にうちあがり、再び沼湖面に着水する前に破魔の太刀によって切り捨てられた。途端、辺りを覆っていた瘴気が軽くなり、蚋たちは歓声をあげた。依代を失ったことで滞留していた瘴気も徐々に薄くなるだろう。真っ二つに別れた革袋がひらひらと舞う最中、真は茅をかき分ける音で振り返った。
「あれほんとにいるよ真ったら」
「……志津、なぜ来たんじゃ」
物音の正体は真を追ってきた志津であった。蚋は大人しく羽をしまい、辺りの茅に散って姿を潜めた。折角結んだ片蝶流しの帯もこの仄暗い夜闇の中では色がよく分からぬ。呑気な顔で沼に踏み入ってきた志津に真は頭を抱えた。こんな事なら一言言ってから出掛ければよかった。
「この子たちが案内してくれたんだよ。蚋はあんまり好きじゃなかったけど、話せるのは悪くないね」
志津の指の上に蚋が一匹、羽を休めている。蚋はふわりと飛び立って、真の耳元で小さく旋回した。同時に、茅に散っていた蚋が羽音を響かせて志津の回りをくるくると囲む。驚いてたたらを踏んだ志津は、特に柔らかい土に足を踏み入れた。
「あ、あら」
一度入れば沼の泥に食われるのが小出沼。手が空をかいたところで人の体はずぶずぶと沈んでいく。さすがの志津も額に汗を浮かべて、胸の前で両手をきつく握りしめている。
「ああうれしや」
「久方ぶりの人の血じゃ」
無数の蚋が羽音をたて、口々に続ける。あまりにも数が多いので一体どの蚋が話しているのやら分からない。耳元で旋回していた蚋は真にしか聞こえぬ小さな声で告げた。
「食うために育てた娘なのでしょう。お礼に連れて参りました」
胃の腑の底が冷えていく。志津は腹まで沈んでおり、待ちきれぬとばかりに周りを蚋の群が取り囲む。
「これ、まだ食うてはならん」
「ほんの少し天邪鬼さまのご相伴にあずかるだけじゃ」
「これこれ、待てというに」
燃え上がるように血が沸き立ち、しかし頭は冴え渡っていた。困惑している志津の腕を掴み体を引き上げると、白い肌に赤く痕が散っている。
「やめんか虫けら共」
感情を抑えた声は驚くほど低く、冷たいものであった。いつもへらへらと巫山戯ている天邪鬼が見せた静かな怒りに蚋達はおろおろと辺りを飛び交った。蚋はただ善意で志津を連れてきただけだ。瘴気にも耐えられぬような弱い妖怪を切り結ぶ訳にも行かず、真は落胆の息を吐く。
「ちょっと驚いちゃったよ」
腕に抱えた志津が柔らかく笑って真の頭に手を乗せた。ささくれだった気持ちはそれだけで凪いでゆき、抱え直して小さな肩に頭を寄せた。月の光が差し込んだ蚋の住処は晴れて姿を取り戻し、二人を映した水面が風に揺らいでいた。
祭りも終盤、行くには泥だらけの裾で、これから着替えるにも時間がない。二人で桃の木の間を抜けて引き返していると、夜空がぱっと明るくなった。色とりどりに咲いては消える花火を、山の斜面から眺める。二つ並んだ裾から水が滴った。
ここから花火が綺麗に見えるなんていつも留守番をしていた志津は知らなかった。綺麗ねえ、とはしゃぐ志津は出会った頃と変わらず無邪気なままで真の口元が緩んだ。自然と重なった手のひらがあまりにもか弱く、胸の内がさざなみのようにざわつく。夜空には、富士に寄り添うように満月が輝いていた。月が富士の側にあるのはほんの僅かの間だけで、すぐに過ぎ去ってしまうのだ。
真は総大将が破魔の太刀を預けた意味に気付いている。それなりに力を付けた妖怪は自死したくとも難しいが、破魔の太刀であれば可能だろう。百目鬼がそこらの女と心中しないように天邪鬼に預けた……のだろうが、好きに使えと言うことでもある。いつだって志津との時間は瞬く間に過ぎてゆく。小出沼で思い知ったのは、志津がいとも簡単に目の前から消えてしまうという事実だった。真は志津がいなくなってからの事を考えたくはない。少し想像を巡らせただけで足元が頼りなく感じる。
離れに戻っても、交互に風呂に入って体を温めても、薄ら寒い未来が真の頭を締め付けた。冷えていく胸に反比例して、よく笑いふざけあった。死にかけた自覚がないのか、志津は上機嫌で海藻のすまし汁を温め、寝る前に少し腹に流し込んだ。妖怪の世界が垣間見えて楽しかったらしいが、真はもう二度と御免だ。
疲れで早くに布団に入った志津が寝息を立てるころ、縁側に座ってじっと腕を組む。酒を呑む気になれず、時々お茶で喉を湿らせた。祭りの後、通りで飲み交わす人々の楽しげな声が独特の気怠さを生み出していた。月はもう富士の高嶺を離れようとしている。
しばらく考え込んでいたが、ひとまず破魔の太刀を抜いてみた。月光を浴びて輝く直刃は真にしばしの夢を見せる。志津と二人、恒久の時を過ごす夢だ。
「何考えてるんだい。やめとくれよ、物騒だねえ」
「起きておったか」
志津は、寝てたんだけど、と肩をすくめて真の隣を陣取った。ふわりと欠伸をして目に涙をためるので布団を進めたが首を振って譲らない。
「知っておるか、今宵心中すれば来世で共にあることができる」
魔が差した、というのだろう。呟いた言葉に欲や期待がにじむのが自分でも嫌になる。気付かない志津ではないだろうに、ただ小さく笑った。
「なんだい、それ」
今なら冗談にできる、と言われている気がした。けれど真は減らず口を返せない。一度見えた夢が瞼の裏に焼き付いている。抜き身の刃をそっと志津の首筋にあてれば、困ったような顔で微笑む。
「悪いけどあたしは嫌だよ。いつかあたしがいなくなったって、ずっと笑ってておくれよ」
志津は何よりも残酷なことを言う。どうして人と妖怪の歩みはこんなにも異なるのだろうか。どうして真に与えるだけのものを与えて、すぐにいなくなってしまうのだろうか。いっそ無理にでもその命を奪ってしまいたかった。
ひたりと首筋に這わせた切っ先が震えて、真は太刀を取り落した。太刀が音を立てればすぐに、己が志津を殺せないのだと悟った。想像をするだけで、体中が凍り付き息もできない。志津さえ応えてくれるなら、二人この世を去ってしまうのに。
「……総大将の大事な刀をお前なんぞの血で穢すわけにはいかんからの」
ふん、と鼻をならして、破魔の太刀を鞘に治めた。緊張感からは解放されたが、胸の空洞がどこか虚しい。志津は手を伸ばして真の頭をやさしく包み込んだ。
「変なの。来世なんか待たなくたって、あたしたちずっと結ばれていたじゃないの」
真は減らず口をへの字にまげてぷいと顔をそらしている。志津の手が頭を撫でてもなすがままだ。志津のしわくちゃの手が真の髪をくるくるともて遊び始める。
「おかげで嫁にも行き遅れ、やもめのままこんなおばあちゃんになっちゃって。ああ、やだねえ」
すっかりふざけた調子で、しし、と笑う彼女は今もなお子供のように無邪気だ。祝言なら無理矢理やっただろうと思ったが、指摘する気は起きなかった。
あの生意気な童と出会って十年笑顔に惑い、二十年たちようやく共に歩む覚悟を決めた。三十年、いつか失うことが怖くなり。四十年、今もなお少女のような笑顔が心の臓をつかんで離さない。
志津の温かな腕がくすぐったくて、けれどほんの少し体重をあずけた。
「死ぬまでには素直になりなよ。ほら、あ、い、し、て、る」
背中に回された手が拍子をとって、楽しそうだ。いけしゃあしゃあと言い放つ姿にはなんの慎ましやかさもない。
「恥ずかしゅうないんか、婆にもなって」
「婆になれば何も恥ずかしくないもんだよ」
「嘘つけ、お前は昔から恥知らずじゃったろう」
「しし、言えないほうがよっぽど恥ずかしいと思うけどねえ」
真が半眼になってもどこ吹く風で気持ち良さそうに目を細めている。志津はおかしな娘で、真が本音を言わずとも何の不満も無いらしい。吾助に聞いたので、まあ、事実なのだろう。少しくらい期待すればいいのにと思うものの、たった二文字がまだ言えぬ。
「いつか、見とれよ」
死ぬまでに一度くらい度肝抜いてやる。精々その時になって後悔すればよいのだ。
***
「ほれ、預かりもんじゃ」
百鬼夜行に合流してすぐに破魔の太刀を総大将に突き返した。肘をついて寛いでいた総大将はくいと片眉をあげ、興味深そうに太刀を受け取る。
「なんだ、使わなかったのか」
「……芋を切る役にはたったがの。土産じゃ」
「ははっ、そうこなきゃ」
志津に持たされた芋の甘露煮を渡せば総大将は声を上げて笑った。隣に立っていた茨木童子の腰には代用の刀がぶら下がっており、返ってきた太刀に首を傾げた。総大将は破魔の太刀を預けると伝えていなかったとみえる。本当に人が悪い。茨木が怒るかとも身構えたが、真面目な顔のわりに粗雑な性格なので何も気にせず元通り持ち直している。
「いい覚悟じゃねえか。せいぜい大事にしてやんな」
「ふん、あんな女。さっさと消えてしまえばええんじゃ」
難儀な天邪鬼の本音は今日も口から出てくることなく、あまりに分かりやすい告白に総大将はくすりと笑った。
人間はなんとも薄情だ。きっと真がのんびり過ごしている間に志津は居なくなってしまう。すぐ居なくなってしまうのに、来世の人生を真に渡してはくれない。しかし、それでいいと思えた。
口に放り込んだ芋の甘露煮は、この世のものとは思えないほど美味しかった。今となっては側に志津がいなくとも静かに真を満たす。志津と過ごしてから得た全てが永久に続いてゆくので、来世など待つ必要はないのである。
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