百鬼夜行路、無理心中

朝研(早蕨薫)

山王祭

 とんちきちん。とんちきちんとん。ちんとんとん。

 山王祭の夜に祭囃子が鳴り響く。神輿を担いだ男衆が江戸の町を練り歩く。威勢の良い掛け声とともに法被が踊り、滴った汗を額の手ぬぐいが集めた。蝋を節約しろとうるさい婆も今日ばかりは夜更かしを見逃してくれる。星空がかすむほど江戸が明るく華やいでいる。将軍様のお膝元にずらりと縁日が並んでいた。風車はいつもより派手な羽を広げ、飴屋は金魚や蝶々の飴細工で女の童を集めている。鼓、小太鼓、大太鼓。笑い声もあいまって、盛大な祭りは天まで届きそうだ。

 長屋の二階で、なかなか寝付かぬ我が子に母が船を漕ぎ始めた。抱かれた赤子が満月を指さしたが、またすぐに泣き声で母を目覚めさせる。母の腕に優しく揺られ、いずれ眠りについた。指さした満月を朧に隠した雲が、うごめいた。

 しゃん。しゃんしゃんしゃん。

 連なった鈴の音が雲の上に響いている。決して下界に届かぬこの鈴が、遠くに聞こえる祭りの喧騒と重なった音が総大将の好みだった。雲からこぼれ落ちそうになりながら異形のモノが江戸を覗き込んでいる。一つ目、唐傘、大入道。体のおおきながしゃどくろは浮雲を服のようにまとい、笑いを誘った。

「神輿深川、山車神田、だだっ広いが山王さま、じゃと」

「おおこわ夏越の祓じゃ。近寄れん」

「しかし綺麗なものじゃのう」

「ほれほれもうすぐ花火がはじまるぞ」

 小鬼や付喪神たちが目を輝かせながら山王祭をみている。江戸の山王祭は祓いを兼ねた祭りであり、小妖怪には近寄れない。小妖怪たちはうらやましそうで、どうにも愛らしい。膝から先ほどの大きさしかない小鬼を女郎蜘蛛が摘まみ上げた。鞠のように丸い体に、小さな手足をばたつかせる小鬼に頬を摺り寄せる。

「愛い。愛い。……のう、総大将。数匹わらわが貰うてもよいかえ?」

 女郎蜘蛛は小鬼の頬を摘まみながら、大宴会の中心にいる男にねだった。よく伸びる頬が餅のようでおいしそうだ。だらだらと唾液の代わりに口から糸を垂れ流す。

「駄目だ。手前喰うじゃねえか」

「喰うては駄目かのう。こんなに愛いのにのう」

 女郎蜘蛛は口を尖らせた。あの大妖、ぬらりひょんには逆らえない。未練がましく小鬼を抱えていると、総大将の左右から厳しい視線が飛んできた。片方は野袴を肩肌脱ぎにした男で、もう片方は狸の体に虎の四肢と蛇の尾が付いた猿顔の化け物――茨木童子と鵺である。いずれも太刀打ちできない大妖であり、女郎蜘蛛は残念そうに小鬼を投げ捨てた。小鬼は慌てて逃げ出し、なんとか仲間のもとにたどり着くと集団でふるふるとおびえていたが、自分のもとにも盃が回ってくるとすっかり忘れてけらけらと笑いだす。

 総大将の足元にずらりと並んだ献上品の徳利から全員に酒が配られた。足が生えた御猪口や椀の付喪神が活躍し、酒を注がれた端から妖怪めがけて走り出す。卑しい河童などは頭に乗せた大きな皿に注いでもらおうと礼儀正しく並んでいた。そのなかでも総大将の盃がひときわ大きく、頭一つ分よりまだ大きい。

 総大将は藍の着流しで寛いでいたが、右手に盃、左手に扇子をひろげて立ち上がると自然と妖怪たちの視線が集まる。

「今年もこの時がやってきた。つっても例年通りだ。弱えやつらははぐれるな。荒らしてるやつを見つけたら連れてこい」

「総大将!今年はどこまで行くんだい?」

 ろくろ首がぐねぐねととぐろを巻いて尋ねた。酔ってやがんな、と野次が飛んだが、ろくろ首は首を躍らせればすぐに笑い声に変わった。総大将はちらりと鵺に視線で訴える。鵺の猿面からトラツグミのような声ではっきりと告げられた。

「今年は……東海道だ」

 鵺が告げてすぐに妖怪たちが色めき立つ。

「東海道!」

「京じゃ!京じゃ!」

 妖怪の中には京出身のモノも多い。特に大妖の大半は平安からの妖怪であり、何かしら京に縁がある。総大将も、鵺も、茨木童子もだ。総大将は奥州街道や日光街道も好きだが、妖怪達は正直だ。総大将が盃を掲げると、妖怪たちもそれにならった。

「……じゃあ、今年もよろしく頼んだぜ」

 乾杯。総大将の号令とともに百鬼夜行の大宴会が始まる。ちょうど地上の山王祭は終盤を迎え、夜空に花火が打ち上げられた。妖怪たちからも歓声が沸く。どんちゃん騒ぎで酒が回るのに時間はかからなかった。

 がしゃどくろが牛や人の骨で作った長椅子で総大将は満足げに一献傾けている。その横でじっと座っている市女笠の女がいる。陽気で豪快な総大将とは対照的に指先まできちんと整えて骨の長椅子に腰かけ、ぴしりと背が伸びている。総大将の奥方である。市女笠の布は厚く、表情すら分からない。噂によれば総大将が苦労して口説き落とした絶世の美女だとか。市女笠を暴きたいと考える妖怪は少なくないが、総大将が恐ろしくて出来ない。

「こんな月夜はあのころを思い出しますね」

 宴会の合間にふと訪れた静けさの中、奥方がぽつりと呟いた。総大将は話しかけられただけでうれしそうに目を細め、肩まで伸びる長髪を揺らした。

「あぁ、懐かしい。まだ天皇とかいうやつらが現れてすぐのころだったなぁ」

 滅多に昔話をしない総大将に、皆の興味が集まる。妖怪の多くは平安が都だった時代すらしらないのだ。総大将も平安の時代に生まれた妖怪のはずで、大妖たちも耳を傾けた。平安以前を知る者はほとんどいない。

「なに、運命ってやつだ。俺とこいつは前世から結ばれてたってわけさ。知ってるか?満月の夜に心中したやつは来世で結ばれるのよ。なんせ俺達がそうだった」

 なあ、と奥方を振り返るも、市女笠の布は厚く、笑っているやら怒っているやら誰にも分らない。しん、と場が静まりかえり、一気に大笑いに包まれた。ひいひいと笑い転げ、酒をこぼすものまで現れる始末だ。

「大将、運命なんて、あんたにゃ似合わねぇや!」

「なんだよ俺ほど運命が似合う二枚目もいねえだろうが」

 怒ったふりをしながら、すぐに豪快な笑いを見せる。強面の鵺や真面目な茨木童子もついにはわらいはじめ、宴会は大盛り上がりを見せた。雲に隠れて月に最も近い場所で百鬼夜行の夜が更けていく。

 妖怪たちの笑い声の中、顔を強張らせた妖怪たちがいた。彼らの頭に総大将の言葉が反響する。

――満月の夜に心中すれば、来世で結ばれる、と。


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