第3話『村人シロと山賊と熊』の1

「なあ、これは?」


 手のひら大の石を手渡し、ジェイはシロに尋ねた。シロはそれを受け取り、探るように腕を上下させる。


「……ただの岩だな」


「えー……」


「だから、これだって」


 シロは荷車に戻って石を一つ取り出し、ジェイに持たせた。


「ずっしりとした重さがあるだろ」


「大きさが違うからよくわからんが……あるような気もする」


「色も違うだろ」


「まあ割と比較的、赤いと言うか茶色いと言うか……」


「とにかくそれが鉄鉱だから、覚えるしかないよ」


 はーい、とジェイは鉄鉱と石を両手で比べながら、気だるそうに返事をした。


 シロは採掘作業に戻る。三日前に開始した鉄鉱掘りは、ジェイがこの調子にも関わらず順調だった。


 そこは以前に大雨で地すべりがあった場所だった。村からはかなり離れていたが、シロは新しい採掘場になるかもと目をつけていた。


 その地すべりで出来上がった崖を、シロとジェイは上から幅広の階段を作るように掘り下げている。崖の半ばまで掘り下げたところで、鉄鉱は目標の量に達しつつあった。


「この分なら、昼前には終わるかもな」


「ああ」


「しかしシロも思い切ったことをするな。山賊の縄張り近くへ採掘に行こうなんて、その、フリント? だっけ。そいつが嘘ついてたらどうするんだよ」


「だから下見はちゃんとしたよ」


「それでも普通は敬遠するだろ。本当は掘りたかっただけじゃないのか?」


 図星を突かれたシロは黙って手を動かす。正直に言うと、この新しく出来た崖に何があるのか、気になって気になって仕方がなかったのだ。


 今もうきうきしながら掘り続けている。ペースが遅いのはそのせいもあった。変わった石があれば、化石や宝石ではないかとつぶさに観察している。


 そして綺麗な石があれば、エリのためにポケットに忍び込ませていた。


 それでも早く終われそうなのはジェイのおかげだった。乗り気ではなかったくせに、シロよりも早いスペースで掘り進んでいく。


 ジェイが掘ってシロが選別する、その方が効率的なくらいだったが、誘った手前ジェイだけに労働させるのは忍びなかった。


「……ジェイ、筋トレとかしてる?」


「いや? 俺がするわけ無いだろ」


「そうだな」


「聞いといて『そうだな』ってお前……」


 シロは我ながら無意味だったと思う。ジェイの生態といえば家でゴロゴロするか村をうろつき回るかで、趣味は魚釣りだけだった。


 予想通り、採掘は昼前に終えることができた。シロとジェイはお互いを称え合い、自分達が掘った崖の階段に座って休憩する。


「労働の後の茶は美味いな……天気も良い」


「そうだね」


「あの鉄鉱、いくらぐらいになるかな」


「納期より早いから、白金貨2枚はもらえるかも」


「やったぜ……ところでさ」


「うん」


「あれ、熊だよな」


 ジェイは眼下を見る。崖下の細い獣道を、巨大な熊が狭そうに歩いていた。


「登って……これないよな? 階段は途中までだし、ほぼ垂直だし」


「何とも言えないな。あいつら登るのは得意だから」


「目が合ってるけど、逸らした方がいいんだっけ?」


「あいつの気分次第かな。それにしても大き過ぎる。普通じゃない」


「距離感が狂って見えるもんな……モンスターじゃないか?」


「モンスターはこんなところにいないだろ。魔族の軍用なんだから」


 シロは双眼鏡を取り出して覗く。巨体に鉄錆色の体毛を持った熊は、この森で見たことのない種類だった。


 左目には大きな刀傷が走っている。それを隠すかのように、熊はぷいとそっぽを向いた。


「良かった……さあ帰るか。鉄鉱はどうする?」


「全て置いていく。しばらくこの辺りには近寄らない」


 やっぱりー!? とジェイは熊に聞こえないように、掠れた声で叫んだ。


「お前下見したって言ったじゃん……」


「したよ。山賊はおろか、あんなバカでかい熊なんて糞や身体を擦り付けた跡も無かった」


「もういいよ……いるものはいるもんなあ……」


 顔を覆って嘆くジェイを放置して、シロは引き上げる準備をする。靴を履き替え、ナイフを腰に差し、採掘道具などの荷物を荷車ごと放棄する。


「さあ行くか。遠回りの道で帰ろう」


「……なあ、あれ」


 ジェイに促され、シロはもう一度崖下の獣道を見る。


 熊の進路を遮るように、先日の山賊三人組が現れていた。

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