第1話の4

「おーい、シロ!」


 食事を終え、畑の面倒を見ていたシロにジェイがやってきた。


「終わったらオレットのところに行かないか。昨日魚を持ってきただろ」


「ああ、ジェイのところにもだったのか。うちだけかと思ったのに」


「残念だったな」


「俺の方が普段の行いが良いのに」


「対して変わらないだろ」


「変わるよ。俺は師匠の言いつけ通りに早朝に起きて体操してエリに飯つくってこうして畑の面倒まで見てるのに、ジェイは家のこと全部親にやってもらって……」


「あーわかったわかった! 面倒くさいやつだな……とにかく中で待ってるからな」


 我が物顔で家の中に消えていくジェイを見送りながら、俺たちの家なんだけどな、とシロは思うのだった。


 自宅でのオレットは相変わらず読書に耽っていた。


 何度目かのノックでオレットは我に返る。同時に妻と子供が留守にしていることを思い出し、椅子を立って玄関を開けた。


「やぁ、シロにジェイ」


「よぉ、オレット」


「魚ありがとう。野菜が余ったから持ってきたよ」


「ありがたい。シロの野菜は美味しいからな」


 オレットはそう言って、手ぶらのジェイを見やる。


「……ジェイは何もないのか?」


「俺はシロより感謝の気持ちが大きいから」


「そうか。まあ上がれよ。お茶でも入れるから」


 オレットは仕方なさそうに笑って、二人を中に招き入れた。


 シロは家の中を見渡す。商人のオレットの家は、いつ珍しいものが増えているかわからない。でも今回は代わり映えしなさそうだった。


 出されたお茶を一口飲む。鋭いベリーの味が口の中に溢れた。


「……新しいお茶?」


「ああ。どう?」


「いや、これはちょっと……」


 ジェイがそう言って苦い顔になる。それを見てオレットは溜め息をついた。


「そうか。人間の口には合わないか」


「魔族には合うの?」


「いや、全然?」


「じゃあ何で買ったんだよ……」


「商人はとりあえず手を出すのが性だからな」


 オレットはそう言って細身の身体を震わせた。それに合わせて丸眼鏡が小さく揺れる。


 言葉通り、オレットは商人で、この村で数少ない魔族の一家だった。魔族と言っても見た目はほとんど変わらず、髪の毛に一対の短い角が埋もれているだけだ。


 だが人間より身体能力が高く、血に魔力が混じり、寿命も遥かに長い。ただ、その先行き長い未来が、最近のオレットを焦らせていた。


「……引っ越し先は見つかりそうか?」


 シロが水を向ける。


「それも全然。どこもかしこも物騒だ。人間の国は言わずもがな、祖国は男を見ればすぐ徴用だ」


「もうここにずっといろよ。村長がいる限り安泰だって」


 ジェイの軽い調子の言葉に、オレットはゆっくり首を振った。


「村長は俺より先に死ぬだろ。いつまでも守ってもらう訳にはいかない」


「みんなはオレットが魔族だからって、気にしてないぜ。世話にもなってるし」


「今はな」


「じゃあその時は俺たちが守ってやるよ。なあシロ」


「え、いやそれはわかんないけど……」


「ここは力強く頷くところだろ!」


「オレットが真剣に考えてるんだから、無責任なこと言えないよ」


「……なんか俺がバカみたいじゃねーか」


 二人のやり取りを見て、オレットは嬉しそうに笑う。


「なあシロ。転生者ってこういう時にとんでもないスキルを発揮して即解決するもんだろ。なんか湧いてこないのかよ。村長みたいな凄いスキル」


「出来ればそうしたいが、無いものは無いな」


「だけど、転生者のスキルがもてはやされたのも昔の話さ」


 オレットは皮肉気味に言う。


「転生者のスキルありきでやっと優勢気味だったのに、魔族側も転生者を召喚してもう何世代も経つからな」


 この世界は最早とんでもないカオスだよ、とオレットは不味いはずのお茶を飲む。


「今や、最初に召喚を始めた人間側が押され気味だ。おまけに双方から転生者の寝返り裏切りのオンパレード……」


 オレットは話しながら、旅先で仕入れた話や記事を思い出す。


「まったく転生者というのは野蛮だよ。でもそうでなければ、スキルのない転生者なんて後ろ指じゃ済まされな……」


 オレットはシロの顔色を見て、話を止めた。


「すまない、シロ」


「いいんだ。オレットは色々見てるし、俺もそういう転生者がどうなってるかは知ってるから」


「いや詫びさせてくれ……そうだな。このお茶を持っていってくれないか」


 オレットはそう言って、机の上に茶葉の袋を置いた。


「お前それ処分したいだけだろ」


「そんなことないさ。商人の俺がタダで譲るんだぞ。それにエリが好きそうだ」


「どうかな……」


 シロは袋を開けて茶葉を見る。鼻につくほどの甘酸っぱい香りに思わずむせこむ。


 それを見て、ジェイとオレットはおかしそうに笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る