第1話の6

「すっかり遅くなっちゃったな……」


 夜に移りつつある空を見ながら、シロは隣を歩くエリに言った。


「昼食も自宅で食べようと思ってたのに、プリムに付き合って食堂で済ませちゃったし」


「いいじゃない。プリムのおごりだったんだから」


「あの腕輪といい、あいつ金持ちなのかな……お嬢さんだとしたら、王都と港街の定期便を途中下車してこの村まで来るなんて、危ないんじゃないのかな」


「でも私、それでもたまにはこの村に行きたくなるかも」


「ずっと住んでるのに?」


「うん。私、この村好きだよ」


 エリはそう言ってシロの顔を覗き込み、にこりと笑った。その笑顔にシロは何だか気恥ずかしくなる。


「そ、そういえば朝は曇ってたのにすっかり晴れたな。ヒノコダケがよく乾いてるかも」


「見てみよっか」


 家の前まで来ると、エリは駆け足で干し網のヒノコダケを確認する。


「いい感じだよ。見て」


 シロは網に手を入れてみる。たしかに程よく水分が抜けていた。


「これだけ乾いてれば、ヒバナダケが出来るね」


「……1本だけだぞ」


「やった!」


 エリは喜んで家の中に入り、箸の長さほどの小さな杖を持ってきた。


 乾いたヒノコダケを一つ取り出し、こほんと咳払いしてキノコに杖をあてる。


「彷徨う冥府の怨霊よ、その身に纏いし呪いの炎を……」


「…………」


「炎を…………」


「…………炎を?」


「…………思いつかない!」


「暗くなってきたぞ」


「本当だ……それっ!」


 エリは結局何も唱えずにキノコの柄に魔法で火をつけ、空高く放り投げた。火は導火線のように柄から傘へとつたい、一気に燃え広がる。


 ヒノコダケは空中で、その胞子を火花のように散らせながら弾けた。乾いた破裂音と共に、何本もの火の糸を引いて落ちてくる胞子は、宵の空に美しく映えていた。


「たーまやー! だっけ?」


「どうだったかな」


「綺麗だねぇ」


「そうだな」


「……もう1本!」


「だめ」


 拒否しても食い下がるエリを遠ざけながら、シロはキノコを手に家へと入っていったのだった。

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