第2話の7

 頼まれたものを売り、頼まれたものを買い、手紙を届け終わったシロは武器屋の前で立ち止まっていた。


 世情のせいか、訪れる度に武器屋には新作が並んでいた。今日の目玉は大きな戦斧で、刃の部分にチスイバクレツムシが仕込んであるとの売り文句だった。


「えげつないもの思いつくな……」


「お、シロじゃないか」


 武器屋の店主が現れ、シロに声をかけた。


「これってつまり、斬った傷口に虫がとりつくってこと?」


「まあそうだな。傷口の血を吸いまくった虫に、再度衝撃を加えれば爆発するな。斧に血が染み込んでいくから、減った分は中で繁殖する」


「ええ……」


「ええ、って……お前さん見るだけで買わないだろ。買うのはナイフくらいで」


「仕組みを知ったり、見るのは好きなんだけど……」


 先だって納品した虫も、武器に使われるのだろうか。わかってはいるつもりだが、実物を見るとシロは落ち込んでしまう。


 それを察したのか、店主は殊勝な面持ちになった。


「……でもまあ、なんだ。お前さんもナイフを人殺しではなく、森での道を拓いたり作業に使ったりするだろ?」


「うん」


「それと同じさ。その戦斧だって、平和になったら発破作業にでも使ってもらえるかもしれない。血なんて動物のでも魚のでもぶっかけておけばいいんだから」


「……平和になったら、武器屋こそ廃業だな」


「余計なお世話だ」


 もう来るなよー! と見送る店主に手を振り、シロは教会へと向かった。


 エリと合流し、帰りにエリの行きたい店に立ち寄り、王都から出て森に入ったところでシロはその事を話した。


「うーん……やっぱりシロ、気にしすぎ」


「そうかな」


「そうだよ。そんなこと言ったら牛飼いだって、『うちの牛乳を拷問の道具に使って溺れ死にさせた! 悲しい!』ってなるじゃない。キリがないよ」


「その例え合ってるのかな」


「……でも、シロが嫌ならやらなくていいよ。鉄鉱石や危険な虫って、私達どうしても必要ってわけじゃないもの。食べ物なら森にも畑にもたくさんある」


 そう言って、エリはシロの顔を覗き込む。森の木々を縫って差し込む陽の光が、彼女の笑顔を斑に照らしていた。


「いや、そこまで落ち込んでないよ」


「たまにそうなるよね、シロって」


「申し訳ない」


「わかってるから良いんだけどね。シロは採取の方が向いてるの。動物を殺すのは苦手なんだから」


 うるさいな、と笑いながら、二人と一匹は森の細い道を歩き続ける。


 しばらくの沈黙の後、ねえ、とエリが声をかけた。


「三人だよね?」


「……三人だと思うけど」


「団十郎は?」


『ばうばうばう』


「満場一致。間違いない。それにしても下手くそだね。足音まで聞こえる」


「とにかく撒こう」


「そうだね」


 二人と一匹は急に道を外れて斜面を駆け上がる。その背後で慌てるように草木が揺れる音と、男達の慌てる声が聞こえたのだった。






「撒いたかな?」


「いいみたい。団十郎、追ってきてる?」


『ばうわう』


「そうかあ……どうする?」


 エリは斜面の下を見る。目視は出来ないが、立ち止まっている以上はいずれ見つかるだろう。


 シロはエリを見て少し考えたが、やがて決意を口にする。


「……『普通は戦いを避けろと教えるが、俺の教えは違う』」


 それを聞き、エリは妖しい笑みを浮かべて続けた。


「『戦うべき時は戦え』」


「『楽に勝てるなら、なお良い』」


「決まりだね。あ、お化粧しちゃおうっと」


 エリは手近な木に垂れていた赤い実をもいだ。指ですり潰し、目の下に塗りたくる。荷物や鞍を降ろしていたシロと団十郎にも、同じように塗った。


 シロは荷物から靴を取り出した。足首まである、厚い革で縫われた靴だった。シロとエリはその靴に履き替える。続けてナイフを取り出し、それぞれ自分のベルトに差す。


 二人と一匹は円を組み、笑顔になって大きく足踏みを始めた。


「『戦え、戦え』」


「『我らを脅かす無知なる者に、慈悲なき裁きを』」


『ばうわう』


 シロとエリは顔を見合わせる。笑みを深めて、より高らかに地面を踏み鳴らす。


「『仕留めろ、仕留めろ』」


「『血は大地に、肉は我らに、骨は虫共の住処に』」


『ばうわう』


 踊る二人に、団十郎も嬉しそうに飛び跳ねる。


「『行くぞ、行くぞ』」


「『最初の喉笛、誰のもの』」


 シロがそう言うと、団十郎はぴたりと動きを止めた。


『……ウォオオオオオオオ―――――ォォ!!!』


 団十郎に続き、シロとエリも空に向かって遠吠えを放つ。


 次の瞬間、二人と一匹は飛び降りるように斜面を駆け下りる。風のように木々の間を抜け、獲物へ向けて一直線に迫っていった。

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