第2話の6

「とうちゃーく」


 教会の前でエリは言った。相変わらず外観だけは綺麗だな、とシロは教会を眺める。


「ありがと、送ってくれて」


「用事が済んだら戻ってくるから、外をふらついたりするなよ」


「大丈夫じゃない? 以前に比べたらすっごく綺麗になってたし」


「念のためだから」


「ま、本当はシロの方が心配だけどね……お願いね、団十郎」


『ばうわう!』


 エリと一旦別れ、シロと団十郎は教会を後にした。


 転生してはや5年、幾度となく教会までエリを送ったが、聖女とは再会するどころか姿を見ることもない。


 しかもそれはシロだけではなかった。王都での知り合いも口々に『見たことが無い』と言うし、『恨みを買われて刺されてとっくに絶命している』と噂が立つほどだ。


 それは教会の中でお祈りを済ませ、その後は仲の良い修道女と無限に喋り続けるエリもほぼ同じだった。特別な集会の時以外は見たことが無いらしい。


「まあ、会ってもどうせ覚えてないだろ」


『ばうわう?』


「何でもないよ。ギルド会館へ行こう」


『ばうわう!』


「……ここからくらいは俺が持つよ」


 団十郎の鞍に縛り付けてあったキノコの入った袋を、シロは抱えるように持ち上げた。団十郎は尻尾を振り、前足をかけてシロの顔を舐めた。


 エリの言った通り、王都は以前と比べて美しくなっていた。


 シロも以前から気付いてはいた。知り合いの話では、成人した王女が執政に加わってから、劇的に街の美化が進んだらしい。兵隊まで出して街中掃除したそうだ。


 それだけでなく、王女は魔族への侵攻指揮の一端も担っているらしい。彼女はこの世界の人間にして『女神の祝福』を受け、特別なスキルを持っているとかいないとか。


「そういう物騒な話、早く終わらないかな。俺のいないところで」


 首をかしげる団十郎の前で、シロはギルド会館の扉を開けた。


 いつ何時訪れても、ギルド会館の雰囲気は変わらない。正面に受付、右手に依頼票の貼り付けてある掲示板、左の酒場には大勢の冒険者がたむろしている。


「シロさん」


 受付から声がした。馴染みの若い受付嬢が小さく手を振っていた。


 シロは受付にキノコの入った袋を置き、依頼票を差し出した。


「依頼が終わったから、納品に来ました」


「早い……納期より一週間も前なのに。それに、旬じゃないのでこの数は無理だと私共は思っていたんですけど……あれ? なんか多くないですか?」


「99本あります。報酬に色つきませんか」


「つきますつきます! 乾燥までしてあって……私共からも依頼主に交渉しますね!」


「宜しくおねがいします。それと……」


「前回の報酬ですね。届いてますよ」


 シロが別の依頼票を提示すると、受付嬢は硬貨を並べていく。白金貨が一枚、金貨が一枚、銀貨と銅貨が五枚ずつ重ねられた。


「おお……」


 予想以上の報酬に驚くシロに、受付嬢はウインクした。


「状態が良かったとの事でした。それにしても、チスイバクレツムシのメスだけなんて、よくあんなに集めましたね。小さいのに、一匹残らずメスだって驚かれてました」


「コツがあるんだ。オスよりメスの方が頭が小さい」


 そうなんですか、と受付嬢は少し引きつった笑いになった。虫の知識は聞きたくなかったようだ。


 受付を離れて掲示板の前に立つ。いつにも増して依頼票が重なり合っていた。モンスターの討伐や、軍隊や傭兵団への入団など、危険を伴う依頼には多くの報酬がついた。


 シロの目当ては採取だが、それでも多くの依頼があった。武器の材料になる鉄鉱石、特殊な植物や昆虫、ただの食材に至るまでに割高の報酬がつけられていた。


「資源不足なんです。争いばかりで」


 受付嬢がカウンターから出てシロの隣に立ち、何かを嘆くように言った。


「でも、シロさんにとっては良いことですよね。平和になったら減っちゃうんですから、今のうちにしっかり稼いでください」


「そうさせてもらおうかな……あの子は新人?」


「ええ。この前入ったばかりです」


 受付嬢はカウンターを見る。そこには新人の受付嬢がぎこちなく冒険者に対応していた。


「あの子はいつまで続くやら……ここに来るのは面倒くさい人ばかりですから」


「その面倒くさいやつらの中で、君は頑張ってたよね」


「いや大変でしたね……一年目なんて問答無用でお客さんからの当たりが強いですからね」


 たはは、と受付嬢は照れくさそうに笑う。


「思い出しちゃいます。私が新人で入った日に、シロさんも初めてギルドにいらして、レドガンさんと一緒に依頼票を選んで……そういう意味では私たち、戦友みたいな……」


 回想にふけっていた受付嬢は何かに気付き、顔を赤くして両手を振った。


「あ、いや、何でも無いです! 今日のオススメは鉄鉱石ですかね! 依頼主さんが急なご入用らしくて、早期に納品すれば報酬を弾んでくれるかもしれませんよ!」


 慌てふためく受付嬢のオススメを聞き、いくつかの依頼票を受け取って、シロは掲示板から離れて出口へ向かった。


「あっ! シロくんじゃねーか!」


 酒場から自分を呼ぶ声がした。冒険者の集まりが、昼間から酒を飲んでこっちを見ていた。


「モスの村からはるばる来たのかー?」


「もす! ……ぎゃははははは!」


「……相変わらず声でかいな」


 シロはそう言って、男たちのテーブルに向かった。


「また昼間から酒飲んで、今日は休業か?」


「おうよ! そりゃ俺たちは危険を犯してるからな、飲める時に飲まなきゃ後悔するだろ!」


「……あ、おま、シロお前……エリちゃんがいねーじゃねーか!」


 本当だ、エリちゃんがいねえ、エリちゃんがいねえぞと一同は落胆する。


「仕方ねえ! 団十郎で我慢するか! お前もふもふだな! もふもふ!」


 酒臭い顔をすりつけられ、団十郎は無言で抗議する。


「シロお前……エリちゃんがいねえなら来るんじゃねえよ! ここは冒険者の場所だぞ! お前ただの村人だろうが! 団十郎はいいけどなぁ!」


「そんなこと言われても、俺も生活がかかってるんだ」


「採取専門なら卸問屋にでも営業かけろよ!」


「個人だから、ここの方が都合がいいんだよ。気ままにできるし」


「あー言えばこう言いやがって……気ままとか、俺らと一緒じゃねーか!」


「一緒でいいだろ」


「ああ……いい!」


「……あれ? 昇級したのか?」


 シロは冒険者の首に下がっている金属の板を見る。以前とは材質が変わっていた。


「おうよ! 今日からBランクよ……祝杯だ! お前も飲め!」


「呼ばれたいのは山々だけど、まだ仕事が残ってるんだ。また今度飲もう」


 俺の酒が飲めねーのかよ! と好き勝手叫ぶ酔っぱらいの冒険者たちに手を振り、シロはギルド会館を後にした。


「……やっぱ、疲れるな」


『ばうわう』


 二ヶ所立ち寄っただけで重くなった身体をひきずり、シロは残りの用事を片付けに向かうのだった。

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