第2話の8

「お、親分。今の聞いたでやんすか?」


 頭上から響いた獣のような遠吠えに、子分のヤンスは震え上がった。


「もしやモンスターなんじゃ……」


「バカヤロウ! こんなところにモンスターが……いるかもしれねえが、いない!」


「や、やっぱり引き返すでがんす。疲れたし、あいつら貧乏そうだったし、犬がでかかったし……」


 同じく恐怖で震えるガンスに、男は鬼の形相を向ける。


「バッキャロイ! 男が一度狙った獲物を逃せるかよ!」


「お、親分、あれ……」


 ヤンスが指差す先に、犬のような小さい影があった。木々や茂みを縫って駆けるその姿は、消えては現れる度に大きくなっていく。


「べ、ベキャロイ! 怯むな! いざとなったら俺のスキルで……」


 今しがた遠くに見えたはずなのに、団十郎は男の顔に飛びかかっていた。男は悲鳴とともに斜面を転がり落ちていく。


「お、おやぶーん!」


「にゃあぁ~ん」


「……え、猫……?」


 森に似つかわしくない声にヤンスは振り向く。木から逆さまにぶら下がっていたエリは、持っていた大きな石で振り向きざまに殴り倒した。


「な、なん……がっ!?」


 エリに気を取られていたガンスを、シロは死角からナイフの柄で殴りつける。


 しかしガンスは倒れなかった。痛そうに後頭部を押さえ、背後のシロに憤怒の眼を向ける。


「お前よくも……ぎっ!!」


 ガンスは膝から崩れ落ちた。その後ろには、より大きな石を持ったエリが立っていた。


「ああああああああああ! あああああああああああ!」


 斜面の下から悲鳴が聞こえた。二人が下ると、そこには団十郎に振り回されて周囲の木に身体を打ち付ける男の姿があった。


 シロとエリが現れると、団十郎は攻撃を止めて二人の間に立った。解放された男はこれ以上の一方的な暴力を受けまいとうずくまっていたが、やがて恐る恐る顔を上げた。


「名前は?」


 端的に聞くシロに、男は畏怖の目を向けた。


「お、お前ら……一体……」


「団十郎」


 シロの合図と同時に団十郎は再び襲いかかった。獰猛な声を上げる獣に振り回され、悲鳴を上げていた男は徐々に静かになっていく。


 解放され小さく震える男に、シロは再び問いただした。


「名前は?」


「……ふ、フリント……フリントといいます……」


「職業は?」


「…………」


「団十郎」


「さ、山賊! 山賊です……」


 犬に襲われまいと必死に答えた男に、シロとエリは顔を見合わせる。


「ロクショウの一味か? 縄張りはずっと北のはずだ」


「……一味は……壊滅した」


 言いながら男は肩を震わせた。その震えは、恐怖とは別のものにすり替わっていた。


「……どうして?」


「言えるか……恥だ……」


 エリがシロの袖を引き、静かに首を振った。瞳に燃えていた野生は哀れみに変わっている。


「この辺りでの仕事はやめてくれ。俺達にも二度と関わるな」


 シロはそう言い残し、エリと団十郎を伴って荷物の場所へ戻っていった。


 元の道に戻り、重い沈黙の中で歩き続けていたが、やがてエリが口を開いた。


「一味が壊滅なんて、何があったんだろう……」


「さあ……山賊なんだから、いないに越したことないじゃないか」


「そりゃそうだけど、師匠とは付き合いありそうだったし……」


 エリの声は沈んでいる。山賊との面識は無いはずだから、単純に他人の不幸に胸を痛めているのだろう。例えそれが山賊だとしても。


 しかし、自分が雰囲気を悪くしていると思ったのか、エリは振り払うように笑顔になった。


「それにしても、シロは相変わらず手加減が下手。落とせないなら刺しちゃえばいいんだよ。こっちがやられるかもしれないんだから」


「殺すのは嫌だよ……というか」


 シロはエリの身体をまじまじと見る。エリは赤くなって自分を抱いた。


「な、なに?」


「いや、エリの動きが前より良かったような気がして」


「……久し振りに一緒に運動したからそう見えたんでしょ。それに私、なんと言っても姉弟子だからね?」


 エリは得意気に胸を張り、シロの一歩先を歩く。


「もっと敬ってほしいな。あーそれにしても、久々に運動したらお腹が空いて……っ!」


 エリは立ち止まり、今度は青い顔をシロに向けた。


「どうした?」


「……お肉、買った?」


 シロは団十郎を見る。持っていないものは持っていなかった。


「もー! 買ってきてねって言ったじゃない!」


「エリも忘れてただろ、一緒にいたのに。もう自分で獲れよ」


「野生じゃない、まるまる太った柔らかい家畜が食べたかったの……!」


「遠からずまた行くから。それかオレットに頼んで仕入れてきてもらえば……」


「今日食べたかったの! それに何より、忘れてたのが悔しいー!」


 エリは憤慨しながら村への道をのしのしと進む。シロと団十郎はその後ろを、まるで子分のように続いたのだった。

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