第1話の2

 自宅の扉を開ける前に、シロは荷物をおろして身構えた。


「ただいま……ぁっ!」


 開けると同時に大きな犬が腰に飛び込んできた。シロは受け止めようとしたが、あっさりと力負けして押し倒される。


「団十郎! やめろ!」


『ばうわう!』


 シロの頭からつま先まである巨大な犬……団十郎はシロを押し倒して顔を舐め回し続け、ちぎれんばかりに尻尾を振るう。


「おかえりー」


 団十郎越しに、女の声が聞こえた。


「ただいま……エリ、ご飯ある?」


「できてるよ。でも顔のヨダレ拭くのが先じゃない?」


「あ、キノコ干しとかないと。袋に入れたままだと湿気る」


「やっとくよ」


 エリはエプロンを脱ぎ、外に出てシロのリュックを開けた。それを見届けたシロは安心して団十郎に顔を舐め回される。


「きのこーのーこーのこげんきのこー♪」


 エリはキノコを干し網に入れながら、妙な歌を歌った。


「……何の歌?」


「さあ。こないだ昼寝してる時、シロが寝言で歌ってたんだよ?」


「マジか。何の歌だよ……」


「元の世界の歌じゃない?」


「ほんと、どうでもいいことばかり覚えてるな……団十郎、もういいだろ」


 のしかかっていた団十郎はやっとシロを解放した。シロは洗い場へ行き、桶に張ってある水で顔を洗う。


 居室に戻ると、エリは夕食の準備をしていた。


「干し終わったよ。明日王都に行くの?」


「いや明後日。乾燥した方が喜ばれるし、明日はプリムが来るんだろ?」


「そうそう! 楽しみだね。今度はどんなマンガかなぁ」


 そうだな、とシロは乾いた声で応える。確かにマンガは珍しいが、シロにとっては面白いとは言い難かった。


 食卓につく。いつもの固い飯と漬け物と野菜スープに加えて、大きな魚が真ん中に置かれていた。


「どうしたの、これ」


「オレットの奥さんがくれたの。余ると腐らせちゃうからって」


「明日お礼言わなきゃな。いただきます」


「いただきます。ねえ、魚もいいけどたまにはお肉も食べたいな。王都で買ってきてよ」


「安かったらな」


 そこは交渉でしょー? と念押し気味に言うエリを相手にしながら、シロは食事に舌鼓を打つ。豪華ではないが、いつもの満足いく食事だ。


 エリと会話をしながら夜は更けていく。シロの毎日はこのように平穏に、かつ絶え間なく流れているのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る