革命――ある女兵士の逃亡譚

姫草りあ

第1話 狼との邂逅

 ――十年前、革命があった。


 政府は私利私欲に走り、民衆の生活は苦しくなる一方だった。民衆の怒りは爆発し、反政府軍として一斉蜂起することとなった。民衆は銃を取り、必死に抗った。


 だが、革命は失敗に終わった。


 それから十年。革命は過去のものとなり、みな少しずつ元の生活に戻っていった。誰もが、革命を忘れようとしていた。


 それでも政府は執拗に、反政府軍の残党を探し続ける。今も残党狩りが各所で行われている。まだ革命がもたらした綻びは、完全にはなくなっていなかった。


 そしてまた一人、追われ流れて来る者がいた。一つの想いだけを胸に秘めて。


 ただ、一つの思いだけを胸に秘めて。





 ぎぃ……という音を立てて重い扉が開いた。木で出来ている筈なのに、来る者を拒むような重さだ。一人の客が入ってくる。


 


「いらっしゃい……って女か」


 一瞬ちらっと女――年の頃は二十代後半、黒く長い髪に気が強そうな相貌、そして大きな黒い瞳を持つ――を見て、マスターは呟いた。


 女は長身で、薄着に動きやすそうなボトムスを穿いている。肌は露出気味だがあちこちに傷がある。美人……ではあるが、それ以上に人を近付かせないオーラを放っていた。


 空いてるカウンター席に腰を下ろす女。


 店内は薄暗い。女はぼーっと考え事をしているようだ。



「ご注文は? お嬢さん」


 なんともお嬢さんとは呼びがたい女ではあったが、からかうようにマスターは言った。そう、ここは酒場だ。




「ウイスキーを頼む」


「ほう……。少々待ってな……良いのを用意しよう」


 マスターは年の頃三十代後半と言った感じで、あちこちに傷があった。ハンサムではあるものの、強面と言って良いかもしれない。


 とはいって、この国の男性は、大体こんなものであろう。あんなことがあったのだから。


 店は広いとは言えなかった。カウンター席にテーブル席が二つ。所狭しと酒瓶が収納されている。


 


「おいおい、女~? ここは酒場だぜ?」


 店にいた客の一人が女に寄ってくる。かなり酩酊しているようだ。千鳥足で、女のカウンターに手をかける。


「近付くな」


 女は一瞥し、言い放つ。


「あんだと……? よし、酒場ってやつでのルールを教えてやるぜ」


「喧嘩なら買うぞ」


 女も引かない。今にも殴りかかりそうな勢いだ。


「よせよせ」


 マスターが仲裁に入る。


「ここでは喧嘩は御法度だ。やるならよそでやってくれ」


 やれやれと言った感じでたしなめる。


「ちっ、酒がまずくなったぜ」


 そう言って、客……ごろつきと表現した方が良さそうな男は元の席へ戻っていった。




「ウイスキーおまちどうさま」


 コト……っと女の前にジョッキが置かれる。


「なぁ、人を探してるんだ」


 女は唐突に言葉を口にする。


「私と同じ黒い髪で……年齢は二十六。黒い瞳、も私と同じか。そんな女性に心辺りはあるか?」


 キョトンとするマスター。


「あんた、大丈夫か? そんなやつこの周辺だけでも5人はいるぞ? 他に特徴は?」


「いや、すまない、忘れてくれ……」


「そうか……」


 そこまで言って、マスターはハっとした。それはきっと、運命だったのかもしれない。


「今日は店じまいだ! みんな、出てってくれ!」


 皆出てってくれといっても客は女を除けば一人しかいない。もうすぐ夜になるのに不景気な店なのかもしれない。


「あんだよ。酒も飲ませてくれないのかよ」


「お代はチャラにするから、今日のところは帰ってくれ」


「それはありがてぇ。また来るぜ」


 出て行くときにまた一言、「変な女だぜ」と呟いて客の男は外へと出て行った。


「ここはまずい、こちらに来るんだ」


 一瞬女の身体がこわばる。


 強面のマスターは、緊張気味になりながら、女を見つめる。


「分かった、付いていこう」


 女も警戒しつつ着いてくる。店の奥には扉があり、そこに向かって歩く。中に入るとそこは酒が貯蔵されている部屋になっていた。


「こっちだ」


 棚をどけるとそこには隠し部屋があった。


 まずマスターが部屋に入り、そして女が中に入る。


「扉は閉めてくれ」


 マスターはこちらを見ずそれだけ呟く。


「一体何のつもりだ」


 流石に女は警戒心をあらわにして語気を強める。それでも付いていくのだから、女も賢くはないのかもしれない。


「狼よ、群れろ。正義の星となれ」


 マスターは真正面から女の目をキッと見据え、そう言い放った。


「――!」


 懐かしいその言葉。そうこれは。


「星は未来の灯火なり」


 女もマスターを見返し、そう応えた。


 それは、反政府軍の一部隊、通称『狼』の合い言葉だった。


 およそ十年振りに聞く、懐かしい言葉だった――。

 

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