第2話 豺狼
『狼』。それが二人の元部隊名。そして十年前、命を、全てを賭して戦った絆だった。
まさかこんな運命があろうとは。両者予想だにしていなかったに違いない。
女が口を開く。
「あんたが『狼』の生き残りだとは思わなかったよ。名前は?」
女は初めて緊張を解いた様子だ。
「スレイだ。あんたは……エメラだろ?」
スレイの言葉にエメラは訝る。
「なんで私の名前を知ってるんだ?」
当然の疑問だ。どこかですれ違っていたのだろうか?
「そりゃ、『狼』の隊長の……おやっさんの娘さんの名前を忘れるわけないだろ。見違えたなぁ……だがひと目でわかったぜ」
「父を知っているのか……。勿論死んだことも、か」
エメラの顔が厳しいものに変わる。
肉親を失うのは悲しい。
しかも理不尽な別れはそれを更に増長する。
「通りで見世物のように処刑されたのは今でも忘れない。おやっさんは俺の親父で、師でもある。現政府は……絶対に許せねぇ……」
スレイの目に火が灯る。
まるで、猛る炎のように。
そして。
「革命はまだ終わっていない」スレイはそう呟く。
はっとするエメラ。
「いや、終わったんだ。多くの人の血が流れ、多くの争いを生み、そして、終わった。私たちは敗者という側の幕切れで。今や多くの人が平和に暮らしている。それがすべてさ」
エメラは目を伏せて呟いた。
努めて冷静に言ったつもりだ。
だが、エメラにだって煮えきれない何かがあるのが事実だ。
「なぁ、これを見てくれ」そう言って、スレイは奥から地図を取り出す。
真新しい地図だった。
これは――。
「――! これは政府庁の内部地図じゃないか!」
エメラはこの地図を知っていた。
一度だけ、父に見せて貰ったことがあったのだ。
「ここだ。ここに爆弾を仕掛ければ……」スレイは地図の一点を指す。
「馬鹿な、また革命を起こす気か? あれだけの人が死んだんだぞ? もう平和が訪れても良いだろう! 革命は終わったんだ!」
もう無駄な犠牲は見たくない。
革命は終わった。
十年で全てが変わった。
もうこの国に、これ以上の悲劇はおこしてはいけない。
エメラの脳にはそれだけが浮かぶ。
「おやっさんの娘だろ。乗ってくれると思ったが……。乗らないならそれでいいさ。計画は実行する。見ててくれ、俺たちの復讐を。再び牙をむく『狼』の群れを」
寂しそうに言うスレイ。
「父のことを想ってくれてありがとう。進む道は違えど、私も『狼』であることは変わらない」
エメラは複雑な表情を浮かべつつも手を差し出す。
ニッと笑い優しそうに微笑むスレイ。こんな表情も出来たのか。
「おう、達者でな!」
スレイは手を取り、二人は握手を交わす。
そして、エメラは酒場を後にした。空は満点の星だった。
今日も、十年前も、この星空は変わらない。
そして、私たちも変わらない。
ふっと息を吐く。
星を見ては思い出すあの日々。エメラは久々に亡き父、そして尋ね人のことを思い浮かべた。
まだ全ては終わっていないのだ。
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