見える世界

 空から照らす太陽の光が、気分をいくつか悪いものにする。まあ、別に曇りだったらいいのかといえばそんなことは無いのだが。結局今日がどういう気分かってだけだ。


 はぁ、と小さなため息を一つ。軽く首を振りながらゆっくりと歩を進める、目的の国を一周する壁が既に見えているのは幸運だ、なかったら今日は一日じっとしていたかもしれない。


「転移魔法でも使えりゃいいのに」


 誰に聞かせる訳でもなく一言ボヤいて、そのまま歩くことしばらく。門の兵士に国から渡された紙を見せると、手続きとかは無しで中に入れて貰えた。


 自分の性格は理解しているので、こういう手続がないのは助かる。面倒な物事は、余計な時間をかけながらも投げ出すのはなんか嫌なのでこなすという、そんな感じの人間だ。


 門をくぐり、国の中へ。 活気に溢れる人々を見れば、どうやらこの国に訪れる旅人はそう珍しくも無いものだとわかる。

 なにせ、今歩いてる人のほとんどはこちらを見ていないからだ。こちらをちらりと見た人も、すぐに別のものへと興味を移す――ただ一人を除いて。


「おはようございます、あなたも旅の方ですか?」


 その一人、銀色のツインテールが特徴的などこか大人びた少女は、こちらに近寄ると静かに挨拶をしてきた。

 あなたも、ということはこの少女も旅人なのだろう。まだ若そうなのに大したものである、少しぶっきらぼうにそうだと返すと、少女は柔らかな笑みを浮かべる。


「折角ですし、お話でもどうでしょうか」

「いや、俺は――」

「この国、美味しいパンケーキのお店があるんですよね」

「……まあ、少しくらいなら」


 彼女の提案を断ろうとして、知らなかった甘味の情報提供に少し悩んでしまう。それで、結局折れた。自分の中での折り合いである、いいことを教えてくれた相手の提案をわざわざ断るのも悪いだろう。


 そんなふうに思いながら、俺は少女の後ろを着いていく。


 店に座って、彼女の頼んだものと同じものを注文し、待つこと数分間。出てきたのは山になったパンケーキだった。

 網目状にかけられたチョコレートソースとドドンと中央に鎮座する生クリームがこれでもかと自身の甘さをアピールしている。


「……これ、全部食うのか?」


 甘いものは確かに好きだが、ここまでの量はさすがに想定外だった。


「おや、勇者様は少食で?」

「いや、これくらいは食えるけども。甘味だけじゃ栄養が――まて、今俺の事を勇者って呼んだか?」


 サラッと放たれた言葉を、思わず素通りしそうになりながらも拾う。

 白いローブを身につけて杖を持ってる相手を勇者とは普通思わないはずだ、なんなら名乗っても信じてくれないことの方が多いんだが。


「あなたは覚えてないかもしれませんが、昔一度あなたにあったことがありまして」


 のらりくらりと詳細を躱すような発言に、俺は思わずため息をついた。

 数秒の間、話が切れたのをいいことにパンケーキを食べ進める彼女に、俺は一言静かに告げた。


「……ま、あの噂に出てくる看取り手が相手なら、何が起きても不思議じゃないが」



 ◇



 バレていました。

 目の前に座る勇者の表情は、どこかしてやったりと言った様子です。


「……名乗った覚えも、誰かに姿を見せた覚えもありませんが」

「ははっ、勇者特権ってやつだ。なんなら年齢まで分かるぞ、十四歳だろ」


 そういいながら、彼は肩の当たりをトントンと叩きます。

 俺にしか見えない、神様の分身みたいな奴がこの辺に浮いてるんだ。そんなふうに告げる彼の表情に嘘をついている様子はありません、どうやら本当にそこに神様がいるようです。


「あー……神に嫌な思い出が?」

「……いいえ、何も無かったですよ」

「そうか」


 どうやら、少し顔に出てしまった様子。幸いにも、彼は深追いしようとはしませんでした。


「さて……まあ、バレてしまった以上は仕方ありませんね。勇者であるあなたの話を聞こうと思っていましたが、パンケーキを食べたら退散しましょう」


 言いながら、パンケーキを一口。弾力のあるパンケーキと口いっぱいに広がる生クリームの甘み。一切の疑いなく勝利と言っていいでしょう、しかもボリュームたっぷりです。


「いや、別に怯える必要は無いぞ。看取り手だから話しちゃいけないってわけは無いしな」


 男はそう返しながら、同じようにパンケーキを頬張ります。がっしりとした体から想像出来る大きなひと口、やつれた顔が少し老け気味に見えるのを考えると、大体25歳付近でしょうか。


「よろしいので?」

「別に俺が勇者について話したところで俺の時間くらいしか減らねえよ、それなら俺に良い事があれば話していい」

「と、いうと?」


 私がそう問いかけて、彼はニヤリと笑いながら手に持った食事用のナイフをくるくると回します。


「看取り手であるあんたの話を聞かせてくれ、それならお互い対等だろ?」


 彼のその言葉に、私は少しだけ思案します。そして短く一言、それで構いませんよと返しました。

 ただし、話す内容は価値観などで。そう付け加えると彼も納得したように頷きます。互いに秘密にしておきたいことがあるのでしょうね。


「……さて、ではお話する前に一つ」


 パンケーキをもう一口。味わいながら飲み込んだしたあと、私は静かに言葉を置きます。

 疑問気な目を向ける彼に対し、私は胸に手を当てて一言。


「私の名前はハレイナ、看取り手をしているものです。以後、お見知り置きを」

「――ああ、なるほど。俺の名前はセレート、色々あって勇者をしている。こちらこそよろしくな、あー……ハレイナさん」



 ◇



「さて、ではどちらから?」


 味変えのシロップをかけたパンケーキを飲み込みながら、私はセレートさんに話を振りました。

 量のあったパンケーキは既に半分以下、その奥に見える彼の皿は、私より若干少なく見えます。


「じゃあ、俺の方から」


 皿の上にナイフを置いて一言、そして直ぐに手に持ち直し。動作から見るに、少し落ち着きのない感じの人なのでしょう。


「俺にとっちゃあんた……ハレイナさんは幼い頃に聞いた噂話の存在だからな、聞き方に失礼があったら言ってくれ」

「別に構いませんよ」

「んじゃ早速聞かせてもらうが――」


 そこで一瞬言葉を切って、彼の纏う雰囲気が少しだけ変わったように感じました。

 少しピリピリとした、相手を威圧するような空気……ただ、なんとなくですが、頑張って出してるような気がします。


「噂通りなら、あんたら看取り手は死にかけの人の傍に現れて――それで、治したりはしないんだろ?」


 それは、見殺しにすることと同じだけど、それについてどう思ってる?


 静かに、鋭く。自分の纏った雰囲気を存分に利用するように、セレートさんは私へと問いかけました。


「本来なら、私はその場所には入ませんから。私がそういう人の元へ行けるのは――」

「ああ、そういうんじゃないって。別に決まりがどうとか、そういうのは聞いてない」

「……では?」

「あんたには、人助けをする力がある。それは別に看取り手としての行動にしか使えないって訳では無いだろ? なら、その力で人を救ってもいいはずだ」


 今度は優しく諭すように……いいえ、どちらかといえば試すように言っているように感じます。


 彼の求める答えがなんなのか、出会ってすぐの私には当てることができません。しかし、それで困ることは無いでしょう。

 だって、私の考えはきちんと存在して……それを貫くからこその、私なのですから。


「人助けをする力があるから、そうすべきだと言いましたね」


 一言、そう前置きをします。そうだ、と返す彼の表情は期待するように少し笑っていて、私はそんな彼に静かに言葉を。


「違いますよ、力があるから何かをするのではないんです」


 何か、やりたいことがあるからそのための力を手に入れる。看取り手はそうやって生まれたはずで。

 ならば、看取り手の力はそれをするものだけが使っていい力だと、私はそうはっきり断言できます。


「……もし、あなたが助けないのはおかしいと言うのなら、残念ながら対立という形になりますね」


 死にたくは無いので、もし戦いになるなら逃げる時間を頂けると嬉しいです。

 最後は冗談めかしてそんなことを言いながら、私はパンケーキを頬張ります。山になっていたパンケーキも、気づけば残りは片手で数えられるほど。


 さて、肝心のお相手ですが。

 セレートさんは数秒無言を保ったあと――少し抑えたような声で笑いました。


「いや、対立したからっていきなり襲いかかるように見えるか? こんな杖しか持ってねぇやつだぞ?」


 彼の笑いに私も静かな微笑みで返しつつ、私は彼の次の言葉を待ちます。

 彼はちょっとだけ呼吸を整え、ぽつりと一言。


 安心したよ。


 そう零しました。


「もしも、あんたが俺の言葉に納得して、じゃあ力があるんだし人助けもしなきゃ。なんていいだしたら……」


 それこそ、斬りかかってたかもしれん。それ彼が続けたので、


 そんな杖で?


 そう私が返しました。


 こんな杖で。


 先程の言葉を繰り返すように、彼は杖をくるりと回しながら答えます。


「だって危険だろ? 力にこういう使い方もあるなら早速やってみようってなるようなやつ、何をしでかすか分かったもんじゃない」


 その分、なにか強い意志の元で力を選んだ人は信頼出来る。少なくとも、俺にとっては。

 ナイフでパンケーキをトントンと叩きながら、彼は言葉を繋げていきます。


「あんたはきっと、部外者に看取り手の力を渡すか死ぬかを迫られたら、悪用させないために死ぬことを選べる人だ」

「それは……流石に過大評価ですよ、私だって根本的にはただの人間ですから。実際どちらを選ぶかなんて分かりません」

「はは、まあ褒め言葉として……は受け取りにくいか?」


 まあ、なんだ。

 そんなふうに繋ぎの言葉を置いた後、彼は看取り手という存在が嫌いではない、むしろ好きだということを私に伝えます。


「……出来れば、助けてはやりたいが……あんたら看取り手が死にそうな人のそばにいて、それが救いになってる時もあるなら。それは好ましいことだ」


 女神様も、そう思ってるらしいぞ。

 彼がそう続けるので、私は思わず聞き返してしまいます。


 曰く、女神様は複数の人に同時に干渉できないため、噂の時点で死への恐怖を和らげる看取り手の存在は助かっているとのこと。

 また、看取り手が神様の遣いのように扱われるのも怒ってないようで――それどころか、神への捧げ物のうち、お金になりそうなものはいくつか私の家に飛ばしている、と。


 パンケーキが喉に詰まりそうになりました。いきなりの事に驚いてる私を見て、セレートはケラケラと笑います。

 こほんと咳を挟み、私は少し早口で、


「私からも質問しても?」


 その言葉を聞いた彼が頷くのを見て、私は言葉を投げかけました。もう、何を聞くのかは決まっています。


「きっと色んな人が聞いている事だと思います。ですが、これだけ聞きたくて」


 あなたは、なぜ勇者を?

 そんな私の質問を、きっと彼は予想していたのでしょう。間をおかずに、逆に私に聞いてきました。


 深い理由も裏もない、ただ俺が人助けを正しいことだと思ってて――ならそれをすべきだと思ったから。なんて言ったら、あんたは勇者をする理由として信じるかい?


 私は答えません、きっと答えを求めてるわけでは無いから。

 彼は一息吐いたあと、ゆっくりと次の言葉を。


「そういう思いが、嘘偽りない俺の始まりだ」

「……ふふ、案外似た者同士かもしれませんね」


 お互い、皿の上にパンケーキは残っていません。

 私がゆっくりと立ち上がると、頬杖をついてこちらを見つめる勇者から一言。またどこかで会おうと言われます。


 私はほんの少し昔のことを思い出して――、


「ええ、是非。ですが……以前の教会の時のような面倒事がない場所でお願いしますよ」


 そう告げて、くるりとその場から歩き始めるのでした。

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