神様の呪い

 容赦なく降り注ぐ陽の光を浴びながら、俺はぐっと背伸びをする。

 そう、今日の気分はこんな天気だ。照らす温かさがなんとも心地いい、急ぎの用事がなければ一つ二度寝でも決め込みたいくらいだった。


「セレート、眠たそう」


 とはいえ、そういうことは許されないようで。横から頬をぺしぺしと叩いてくるに、俺は半笑いをしながら答える。


「流石に、ここで二度寝したりはしねえよ……あの村が、最後なんだろ?」

「そう、あの村で最後。済ませたら、それで準備万端」

「じゃあ、その後は……」

「魔王に、会う」


 ふわふわと顔の周りを浮く相棒と、数言会話を交わす。であるそいつは、この旅の目的が近いことを俺に告げる。

 魔王と会うということ。俺は、勇者である。



 ◇



 一日の半分が終わる前には、その村にたどり着くことが出来た。比較的、大きめの村だ。道は綺麗に舗装されているし、いくつか民家とは違う建物も見える。


「……さて、どうするか」

「身分を隠してこっそりやる、身分を明らかにして協力してもらう、二択?」

「そうそう、独自の信仰が生まれてる村は多いからな、勇者と名乗って追い出されるのはごめんだ」


 周囲にまだ誰もいないことを確認しながら、俺は相棒と会話を続ける。

 大体の場合、こういう場合は身分を隠しておくのが一番だと、旅の途中で理解した。協力的だとしても、一人でやった方が楽な場合すらある。


 と、そんな俺の考えが正しいかどうか、すぐに分かることになった。

 旅人だと村の人に挨拶をすると、簡単にこの村の特徴を教えてくれた。なんでも、この村では『神の力を宿す人』などというものが居るらしく、それが持つ力によって高水準の暮らしができている、だとか。


 隣で、俺にしか見えない相棒は不満そうな顔をしている。そりゃまあ、そうだろうなと思う。神の加護を受ける人は勇者──つまり、今の代では俺しかいないはずなのだから。

 とはいえ、どうやら信仰している神自体はこの相棒の大元と同じらしい。これならまあ、勇者であるとバレても殺されかけるなんてことは無いだろう。


「セレート、会わなくていい、早く用事だけ済ませよう」

「俺もそのつもりだよ、どんな相手かは気になるが……別に終わったあとでもいいしな」


 村の中、また人がいなくなった瞬間聞こえる少し鋭めな声に、俺は苦笑いを浮かべながら答える。

 村としては珍しい大きさだけれど、相棒の機嫌を損ねてまで調べたい訳じゃない。もろもろが済んだ後、一人になったらゆっくりと調べて回るものの一つにしよう。


 そう、思って。俺はその場を去ろうとする──その後ろから、声がかかった。若い女性の声だ。


「えっと、旅人さん、ですよね……?」


 必要以上に小さな声、何かしらの理由があってのものだと察しながら振り返る。

 立っていたのは、この前会った看取り手よりも一回り若そうな少女だった。腰まで伸びた金の髪と、恐らく高級品であろう事が見て取れるドレス──それとは不釣り合いな、火傷跡のような顔の痣。


「私、エリンって言います……その、ごめんなさい、本当は旅人さんと会うの、だめって言われてるんですけど……」


 その言葉を聞いて、俺は相棒に目配せを。かけてもらったのは認識阻害の魔法、とりあえず立ち話をするくらいならごまかせるはずだ。


「そりゃあまた、何で」


 最低限の予防策を済ませながら、俺は少女に声をかける。比較的大きな村とはいえ、明らかに他の村人よりいい物を身につけている。村長の娘か、あるいは──


「私が、神様の加護を受けているから、だそうです……えっと、村長が。外の人に連れ去られたら大変なことになるって」


 そんな恐ろしい人、いるわけないと思うんですけどね。

 なんてにこやかに告げる彼女に対し、俺は若干言葉につまる。予想できてなかったわけではないけれど、まさか本当にそうだとは。

 ちらと隣を見る、相棒はむっと不満そうな顔を浮かべていた。


「神様の加護っていうと、いわゆる勇者みたいな感じか?」


 不満を遮るように、一歩前に出て質問を飛ばす。少女はどう説明すればいいのか悩んだ様子で目を閉じたあと、


「戦えるわけじゃないんですけれど……その、普通の人にはできない特別な力が使えるみたいで」


 よければその杖を貸していただけると、それが証明できるのですが。そういいながら、少女はおずおずと手を伸ばす。

 唯一持ってる武器を渡す、村の中とはいえ結構危険な行為だ。少しだけ相棒の方を見る、相変わらず不満そうな顔で、それでも選択は任せると言った様子。


 なら、俺は別に問題ない。

 杖を手渡す。受け取った少女は落とさないよう慎重に両手で抱えながら、やがて祈るように目を閉じて──


 痣が、少し黒く淀んだような。


「勇者様、勇者様。あまり、軽率に手放さぬよう。我が身は勇者様を守るためのものであれど、勇者様の手元になければ果たせませぬゆえ」


 一度も聞いたことの無い声質で。一度も聞いたことの無い口調で。完全に俺が誰か分かっている相手の言葉が聞こえてくる。

 その声の主を、何となく感覚で察する。杖だ、今さっき少女に渡した俺の杖。物に意志を宿らせる魔法? なるほど、それは確かに、神の加護と言っても問題は無いかもしれない、そのくらい聞いたことの無い魔法。


 そして、俺より驚いてるのが正面にいる。

 少女は混乱した様子で、しかし言葉の意味を飲み込むと、パッと目を輝かせながら。


「あ……あなたが勇者様だったんですね! 聞いてます! 同じく加護を受けた存在だって、村長から!」


 厄介なことになってきたな、なんて思いながら。少し冷静になった俺は、杖を返してもらいつつ事情を説明することになったのだった。



 ◇



 二度、三度と杭を打ち込む。

 ぼんやりとした緑色の光が杭から広がって、ゆっくりと土に浸透していく。


「これで、もう大丈夫なんですか?」

「ああ、問題なしだ」


 会話をしている間、相棒がふわりと土の上に降り立つと静かに言葉を紡ぎ始める。この周囲一体の存在を希薄にする魔法……らしい、残念ながら俺の方に効果は無いので、どうなってるのかは分からないが。


「……こういう罠があるんですね……」

「前の前の魔王が仕掛けたものらしい、対峙した瞬間に魔物を発生させる魔法陣……おかげで前回は大変だったんだと」


 今刺したもので、最後。相棒曰く今までのものはちゃんと抜かれずに残っているらしい。


「案内、助かった。土地勘ある人がいてくれると早く済むから」

「いえいえっ、その……ちょっと勝手かも知れませんが、仲間のようだと思ってて……」


 少女は頬を軽く掻きながら話す。

 少しの静寂。その静かな世界に投げ込むように、ぽつりと呟く声。


「……魔王がいなくなったら、神様も一旦消えるんでしょうか」


 そうなったら、城を見に行きたいなぁ。

 その言葉に、声を返す。


「……神様の加護を受けている間は、外に出れないのか?」

「村長が、外に出たら神様が怒るって言ってたので……」


 そのまま、少女はゆっくりと言葉を続ける。昔は、お母さんやお父さんと一緒に別の街に旅行に行ったりしてたこと。

 大きくて綺麗なお城が、特別キラキラして素敵なものに見えたこと。

 両親が死んで、神様の加護を受けて……そこからは、ずっと村の中にいるということ。


「お母さんとお父さんが病気でいなくなって……村長のお家に預けられたんですけど、その時に加護を受けたみたいで」


 外に出れないのは残念ですけど、神様に選ばれたんですから、頑張ろうって思って。

 ──そこまでを聞いて、考える。例えばそう、あの看取り手の少女だったらどういう結論を出すだろうか。


 自分の答えは、自分の正義は決まっている。それでもなお、何となく他の人の考えを想像するのは、弱さだろうか。


「……なあ、エリンさん。俺は今……勇者としてじゃなく、俺として。俺のわがままで一つ伝えなきゃいけないことがある」


 改まった声に驚いたのか、少し怯えた様子で彼女が頷く。傷つけるであろう言葉を、知らなければそのままでいれるであろう言葉を、今から彼女に押し付ける。


「あんたのその魔法は、神様の加護なんかじゃない。そう思えるほど強力な──代わりに、体を蝕む明確な呪いだ」


 呪いであると、言い切る。それも相当に強力なやつだ、彼女一人にかけられたものでは無い……恐らくだいぶ昔から、こうやって親のいない子供に受け継がれてきた──その分だけ増幅された呪い。


 エリンは戸惑った様子で、言葉を発せずにいる。見ればわかる、不安と恐怖を抱えた表情。

 上手く伝えることが出来たなら、こんなに怖がらせることもなかっただろうか。そういうことは、残念ながら出来ない。今はこれが限界だ。


 ──でも。


「……その呪いを、俺なら消すことが出来る。物に意志を宿す力ごとにはなるけれど。その痣も含めて、全部綺麗さっぱり消すことが」


 それだけは、出来る。

 そういうものを目指したから。そうすることが自分の正義だと信じたから。そのために、勇者になることに同意したから。


「……あくまで、あんたが望めば、だ。住みやすい街まで安全に移動させることも、できる」


 少し相棒の方に目線をやる。少し呆れたような、それでも任せるといった信頼が伝わってくる目が返ってくる。


「……でも、それは……」


 そう、一言。言葉を探すように、少女は静かに思考を始める。


「……この、村で……役に立つ力があって、私が私のためだけにその力を捨てて……それで、逃げるなんて、ダメだと思うんです」

「それはさ、力を身につけてしまったから、それをしなきゃいけないって考えだろ?」


 少女の出した言葉に、俺は自分の意見をぶつける。ならべく怖がらせないように、意志をぶつけてもらえるように。


「押し付けられたものを、律儀に持ってなきゃいけない道理なんてないよ。まあ、今その力があんたのやりたいことと結びついてるってなら、別になんもしない」


 ただ、今の状況を変えたいと思ってるなら、その背中を押してあげたい……それだけだよ。

 最後は少しぎこちなく笑いながら、そんなことを伝える。どう受け取るかは、あとは彼女次第だ。静かな時間、ゆっくりとゆっくりと間を開けて。


「……お城、見れますかね」

「見れるよ、あんたがそれを望むなら」

「呪い、強いみたいですけど……どれくらいかかるんですか?」

「……任せとけ、すぐだよ。だって……俺は、そういうのだけを練習してきたから」



 ◇



 とある街の、とある宿屋。一人の少女が、柔らかい笑みを浮かべて料理を運んでいました。

 腰まで伸びた金の髪、店から渡されたであろう動きやすい衣服。その表情が与える印象は、元気の一言に尽きるでしょう。


 カランコロンと鈴の音がして、ドアがゆっくりと開かれます。その先に見える、大きな城を視界に収めて。少女は、小さく微笑むのでした。

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