看取り手と勇者
一人で住むには広すぎて、二人で住むにもちょっと広い。そんな家が今日はちょっと広い程度で済んでいます。
「セレートさん、紅茶に砂糖は」
「じゃあ、少し。菓子の類はハレイナさんが一人で食べていいから」
部屋の一室で、私は一人のお客さんと話をしていました。
普通なら、ありふれていそうな。そんな些細な光景。それでも、本来はありえない光景で。
看取り手である私の家は、色々な不思議によって、固く固く見えないようになっているらしいのです。
そんな家に、大量のお菓子の類を持って訪れる男性は、おおよそ普通ではありません。
「……それにしても、いくら勇者様とはいえ、こうも簡単に来られると困ってしまうのですが」
「ああ、それは悪いと思ってる。看取り手を存続させるための、大事な秘密だもんな」
「いえ、そうではなく。十四歳の女の子が一人で住んでいる家に入り込んでいる自覚、ありますか?」
目の前の男性……勇者は驚いたような、そして困ったような表情を浮かべます。
「冗談です」
「……そういう顔で冗談言うタイプなんだな」
少しいたずらっぽい笑みと共に、私は言葉を紡ぎます。
紅茶を互いの前に置き、お菓子は言われた通り私の方だけに……とはいかないので、こちらも紅茶の横に。
向かいに座って、入れた紅茶に口をつけます。
お父さんがたまに飲んでいたもの、この香りは、私も好きです。
いい味だ、なんて言いながらセレートさんはほっと一息つきます。ゆったりとした静寂が場を包んで、柔らかい陽の光が窓から射し込む中。彼は目を閉じながら呟くように、しかし明確に私に向けて一言。
「あいつは、どうなった?」
彼が指すあいつが誰なのかは、すぐに分かりました。
手に持っていた紅茶を置いて、私は思い返すように遠くを見ながら言います。
「最期は、満足そうでしたよ。ああ、それと──」
そのまま、包装された菓子に手をつけます。
「感謝する、そう言ってました。私とあなたに……ハレイナとセレートに」
「……それは、良かったな。本当に良かった」
「見たい景色を、見せてあげられなかったのは……私としては、残念でしたが」
忘れないこと、彼のことを、彼の見た景色のことを。あなたと私がそうしていれば、望んだ景色の一つにはなりますかね。
開けた菓子を、口の中に放ります。口の中に広がる甘い香り、セレートさんの方を見れば、私につられてか彼も菓子に手をつけていました。
「──セレートさんは、これからどうするおつもりですか? 勇者は、もうおしまいらしいですが」
「そうだな、女神の力もなくなる。だから、まあ」
ぐっ、と体を椅子の背もたれに預けながら、彼はぼんやりと天井をみます。
「故郷で人助けか、人助けの旅に出るか……多分、後者だな。上からっぽいが、救った世界を見て回りたい」
「……そうですか、良いと思います」
綺麗な景色は、この世界に溢れていますから。せっかくですし、私の見てきたおすすめのものでも紹介しましょうか?
そんなことを私が告げると、彼は少し悩んだ様子。そして、静かに首を振りました。
「景色の話を聞くなら、俺も自分で旅をして、俺が話せるネタが溜まってからだな」
「……では、その時に。楽しみにしていますよ、私の知らない綺麗なものの話を」
言葉を返して、ふと。
私は一つ思い出して、椅子から離れます。疑問気にこちらを見つめるセレートさんの視線を無視して、本棚の方へと。
本棚。看取り手の、今まで看取って来た相手のことが書き記された本が沢山入っている大きな本棚から、一冊。
比較的新し目の本を取り出して、私は机の前に座り直します。
「……さて、セレートさん。これから世界を旅するらしいあなたに……ちょっとした依頼があります」
「看取り手さんの依頼なら。ただし、当然勇者の俺として受けられるわけでは無いが」
くすりと互いに笑みを零して、私は本を広げます。
ページに記されていたのは、とある村とそこにいた少女についての記録。シアメという少女を看取ったことに関する、記述。
「……この、死者の居ない村を、見てきて欲しいんです」
感想などは、要りません。見つからなかったり、もうなかったりすればそれでもいいです。ただ、この村を見てきて欲しい。
そんなふうに伝えると、彼は特になにか聞き返すことも無く。
「分かった、見てくるよ」
そう、一言と共に頷きました。
静かに告げる彼に対して、私は笑顔でお礼を言います。
静かな世界で、カップの横に置かれていたお菓子は少しずつ減っていきます。やがて残ったのは、空のカップとお菓子の包み。
「じゃあ、そろそろ」
そういって、彼は静かに立ち上がりました。
お見送りなんてものをするために、私も静かに立ち上がります。
玄関前、別れる前に、数言だけやり取りを。セレートさんはこちらに振り返り、言います。
「あいつの事を、看取ってくれてありがとう」
「私は、ただそうしたいと思っただけですよ」
そして、私は笑顔で。
「世界のこと、救ってくれてありがとうございます」
「俺がただ、そうしたいと思っただけだよ」
ドアを開く音がして、
「さよなら看取り手、またどこかで」
「さよなら勇者、またどこかで」
私は、静かに手を振りました。
看取り手ハレイナとささやかな死の話 響華 @kyoka_norun
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