第14話 消えたアイドル

 夏祭りが終わると、いつも僕は心に穴が空いたような気持ちになる。それは祭りの後の寂しさなのかもしれない。小学生の頃はもう少しで夏休みが終わるのだと悲しくなったものだ。

 しかし、今年は夏祭りの後に芽生えた気持ちは寂しさではなかった。マリリンに告白しなければ、そんな義務感にも似た気持ちが湧きあがっていたのだ。


 マリリンが隣に引っ越して来てから、毎日がすごく楽しい。アイドル時代のマリリンを応援していた頃も、僕の胸の内にはいつも彼女がいた。でも、それは手の届かない、声を交わすこともできない存在だった。

 今は違う。手を伸ばせば届くところに彼女がいる。毎日、言葉を交わして笑いあえる関係だ。この日々を失いたくないと思うのだ。


 彼女が僕のことをどう思っているのかはわからない。少なくとも好意を寄せてくれているのは確実だろう。

 だからと言う訳ではないが、彼女に告白しようと思っている。僕にとっては人生ではじめての告白。成功する自信はまったくない。そもそも、何て言えば良いのかさえわからない。

 こんな時に相談できると言えば、あの人しかいない。僕はまみたそさんにメッセージを送った。


〉お久しぶりです。ちょっと、相談があるんですけど……


 最近は忙しくて、まみたそさんやグループのみんなにメッセージできていない。もっとも、マリリンが電撃引退をしたので話題がないということも大きい。

 最初こそ、色々と推測しては盛り上がっていたグループも、ネタが尽きたのか最近では会話が少なくなっていた。


》お久しぶりでありますね。何事でありますか?


 しばらくすると、まみたそさんから返事があった。僕はバイトの休憩時間だけと、彼女は大学で勉強中なのではないだろうか?まみたそさんはいつも返事が早いので、本当に勉強しているのか心配になる。


〉実は女性に告白しようかと思ってまして……

》おぉ、好きな人ができたのでありますね。

〉まぁ、そんな感じです。

》おめでとうであります。

〉そこで、まみたそさんに何かアドバイスをもらえないかと思いまして……

》この話題、グループの方でしてはマズイでありますか?

〉いや、別に構わないですよ。

》じゃあ、グループのみんなにも報告して、アドバイスをもらうであります。

〉わかりました。今、バイトの休憩中なので、後でグループにメッセージします。

》了解であります。


 まみたそさんは、『了解』と敬礼しているネコのスタンプを送ってきた。僕は彼女にお礼を言ってバイトへと戻った。


 バイトが終わってバックヤードに戻ると、スマホには沢山のメッセージ通知が来ていた。どうやら、待ちかねたまみたそさんがグループで報告したらしく、既に盛り上がっていたのだ。


〉こんばんは。バイト、終わりました!

》お疲れ様であります。

》ゆた坊、てめぇ、この野郎、告白するんだってな?

〉はい、告白しようかと思ってます。

》何だよ、羨ましいじゃねぇか!


 つむぎさんは口調こそ荒々しいが実は優しいということを僕は知っている。以前、まだグループに沢山のメンバーがいた頃、文句を言いながらも最後まで相談に乗っていたのはつむぎさんだった。

 優しくて頼りになるつむぎさん。そんな彼が実生活では彼女さえいないと言うのだから世の中どうかしている。


》それで、どこで知り合ったでありますか?

〉あ、同じマンションの住人です。

》かぁ、同じマンションだと?都会なんて隣に誰が住んでるか無関心なんじゃねぇのかよ?

〉そんな感じですよ。

》それなのに出会っちまったのか?すげぇな。

》まさに運命の出会いと言うヤツでしょうね。出会いのきっかけなんて、どこに転がっているかわからないものですよ。


 いつも冷静なコメントをするのは先生。ツライことがあると、いつもガールズバーで癒される先生。ここ最近は、毎日、ガールズバーに通っているらしい。そんなにツライ職場なのかと心配になる。


〉先生、今日はもう家ですか?

》いや、いつものお店で、ノアちゃんと並んで飲んでますよ。

》あれ、前はイヴちゃんだったろ?

》その前はキャサリンちゃんでありましたな。

》先生、また貢いで逃げられたんだろ?


 つむぎさんとまみたそさんの攻撃に耐えられなかったのか、先生は無口になってしまった。


》て、ゆた坊氏の告白の相手はどんな人でありますか?


 みんながよく知ってるマリリンです。正直にそう言えれば、どんなに楽だろう。しかし、今はまだ言う訳にはいかない。


〉少しマリリンに似てる感じです。

》マリリン似だと?適当なこと、言ってんじゃねぇよ。

》ゆた坊氏、それは本当でありますか?

〉あくまでも個人的感想ですけどね。

》写真ないのかよ?

〉まだないですね。

》付き合ったら、写真、見せろよ。

〉わかりました。


 ここから、メンバーによる絶対に成功する告白教室がはじまった。まみたそさんが進行で、フラれた回数が自慢のつむぎさんから実践的なアドバイスをもらう。そして、酔っ払って支離滅裂になった先生が茶化すと言った展開だった。

 気がつくと、バイトが終わって1時間以上もバックヤードでメッセージをしていた。


〉ありがとうございました。そろそろ帰ります。

》頑張るであります!

》おう、頑張れよ!

》頑張ってください!


 僕はみんなとのメッセージを終え、家路についた。

 家に向かう途中、僕のスマホが震えた。てっきり、酔っ払った先生がまた訳の分からないことを言ったのだと思った。スマホを取り出してみるとマリリンからのメッセージだった。


》急用ができたので、今日は一緒に夕食ができません。ごめんなさい。


 急用って何だろう?かなり慌ててるようなので少し心配になった。


〉大丈夫ですよ。急用って何かあったんですか?心配です。


 僕は手早くメッセージを打ち込んで返信した。しばらく、その場に立ち止まって『既読』マークがつくのを待っていたが、それがつくことはなかった。

 既読がつかない。たったそれだけのことなのに途端に不安に駆られる僕。よくない考えが頭の中を支配する。


 マリリンの身内に不幸があったのかもしれない。それとも、僕に言えないような何かが起きたのかもしれない。

 次から次へと良くない想像が頭をもたげてくる。


 さっきまでは何があっても大丈夫だと思っていた関係。それがこんなにも脆く崩れ去るなんて思いもしなかった。

 気がつくと、僕は襲い来る不安から逃れるようにマンションへ向かって走りはじめていた。


 僕の心臓が悲鳴を上げはじめた頃、ようやくマンションが見えてきた。僕は最後の力を振り絞ってマンションへと駆け込んだ。

 エントランスに飛び込むと、1人の男性とぶつかりそうになった。


「あ、すみません」


 とっさに体をひねり、何とかぶつかることだけは避けたが、瞬時に謝罪の言葉が口をついた。そしてエレベーターが来るのを待つ間、膝に手をつき肩で激しく息をした。

 今の男性、どこかで見たことがあるような気がする。すぐには思い出せない。同じマンションの住人で、たまに顔を合わせるだけの関係かもしれない。


 結論が出る前にエレベーターが到着した。僕はそれに飛び乗ると自分の住んでいる階を連打した。別にそれで何かが早くなる訳ではない。それでもそうぜずにはいられなかったのだ。


 エレベーターを降りると、真っ先にマリリンの部屋へと向かう。そしてドアの前で周囲を見回すと、ドアホンを押した。返事はない。2回、3回と押してみても彼女の声が返ってくることはないった。

 念のためドアノブをそっと回してみる。ガチャッとロックが掛かっている手ごたえがあった。


「留守なのか……」


 自分の部屋戻ろうとした瞬間、先程の男性のことが頭に浮かんだ。いつだったか、マンションの前でマリリンの部屋の方を見ていた不審な男。あいつだ。

 全身の血が逆流したかのように沸き立つ。エレベーターを見るとすでに下の階に向かう途中だったので、僕は脇の階段を駆け下りた。自分でもビックリするほどの速さで一階にたどり着くとエントランスを飛び出して左右を確認した。しかし、すでに男の姿はどこにもなかった。


 スマホを取り上げてみた。まだ既読の文字はついていない。メッセージをしてから、まだ30分程度。マリリンがメッセージに気づいていないだけかもしれない。あの男性だって無関係の人かもしれない。

 そう思うことで、必死に心の平静を保とうとした。それでも湧き上がる暗い感情に飲み込まれ、僕は立ち上がることさえできなかった。


 どれくらいそうしていただろう。気がつくと、いつの間にか雨が降りはじめていた。いつかマリリンと2人で駆け出したあの日のような激しい雨だった。

 メッセージには、まだ既読はついていない。

 僕は肩を落としたまま、1人で部屋に帰っていった。

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