新人のゴミ箱。もう満杯なその中に、宝物が捨てられていた。

間違いなく、書籍化を目指す方ならば読んでおくべき作品です。

特に、かつて担当編集者のついたことがある人ならば、大なり小なり胸に突き刺さるものがあるでしょう。

言うまでもないことですが、作家になるということは簡単なことではありません。本を出すとなればさらに難しくなります。文藝編集者もまた、少しでも会社の利益となる作品を出す必要があり、それゆえに、作品の選定も手直しも厳しいものとなります。

そうであっても、首を傾げざるを得ない現実があります。

出版社のほうにも、慢性的に続く出版不況など様々な事情はあるでしょう。しかし、「数打ちゃ当たる」とばかりに新人作家の濫獲が行なわれているという事実もあるのです。

その上、「濫獲」と言っても、必ずしも出版されるというわけではありません。

受賞した、出版の打診が来た、などという話はよく耳にします。しかし、「出版する『かもしれない』から」という理由で、何ヶ月も、あるいは何年も改稿をさせられ、結局のところ出版できないという事例はよくあります。

それどころか、本当に実力があるにも拘らず切られることでさえもあります。

作者さんもまた、そのような事例に巻き込まれた方の一人でした(そして私もまた)。

本作は、この問題を重要なテーマの一つとして据えつつ進んでゆきます。

主人公は若い文藝編集者・宮本章。物語冒頭、彼はある新人作家の作品を書籍化させるために奔走します。しかしながら、全面的な改稿を何度も行わせたにも拘らず、編集部長の方針により出版できませんでした。

失意のうちに章は会社を辞め、実家へと帰ってきます。そこで受け継いだのは、祖父が遺した小さな書店『ミュゲ書房』でした。

『ミュゲ書房』は、同時に小さな出版社でもありました。物語はやがて、文藝編集者としての章の再生へ向けて動いてゆきます。

本作は「出版」というものの現実を扱っているがゆえに、造本から流通までの詳細が丁寧に書かれています。作者さんが勉強熱心だったこともあるのでしょうが、これだけのことを調べ上げ、退屈させることなく簡潔に書く力量は並大抵のものではありません。

また、先ほど述べた、本作を一貫するテーマについて、一定の解決策を提示している点もこの作品の価値を高めています。

はたして主人公は文藝編集者として再生できるのか? 踏みにじられた新人作家の心情は? 読み進めるうちに、彼ら・彼女らの心情が自らの心情と重なってきます。そうなると、読む手はもう止まりません。登場人物たちの口惜しさに心を痛めつつ、敵役の報復にハラハラしつつ、はたしてこの「リベンジ」が上手くいくのか、上手くいってほしいと祈りつつ読んでしまいます。

濫獲された新人たちのゴミ箱。

その中は、もう満杯となってしまっています。しかしその中には、間違いなく宝物が捨てられていました。そんな宝物の姿、そして再生と共に成長した文藝編集者の姿とは?

ぜひ、みなさんお手に取って下さい。

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