陥穽(おとしあな) その3

 真っ暗だな。


 俺は思った。


 どこかで誰かが喋っている。


 頭が重い。


 手足の自由が利かん。


 ここは一体どこだろう?


(この探偵、まだ諦めてなかったのか?)


(まさか、死んだりはしていないだろうな?)


(さっき脈を見たら、ちゃんと動いていたから、大丈夫だとは思うけど)


 声は三人、全員男だろう。

 それにしてもどの声も、どこかで聞いたことのある響きだった。


 俺は声のする方に身体を動かそうとした。だが、思うように動かない。


 どうやら手は後ろ手に縛られ、足も足首辺りでくくられているらしい。 


 最初に聞こえた声は、錆びた鉄をこすり合わせるようなあの響き・・・・間違いない。自分で自分を『死神』だと名乗った声だ。


 どうにか頭だけ動かし、薄目を開けて上を見た。


 青白く痩せた細面の70過ぎの老人・・・・



 あとの二人の男・・・・誰だったかな?


 どうしても思い出せん。


(目を覚ましたようだ)


 三人の内、一人が俺の方を見て声を出した。


 ああ、そうだ。


 思い出した。


 こいつは、俺が聞き込みに行ったあの大学の教授だ。


 もう一人は?


 ああ、頭が痛い。


 すると、


『どうやら、気が付いたようですよ。』といった。


『死神』が、また嫌な嗤い声を出し、俺の上に屈みこんだ。


『だから俺の言ったとおりにすればよかったのにな』


 髪の毛を掴んで、俺の顔をぐいと上にあげた。


『ここがどこか判るかね?』


『内田なにがしとやらの家・・・・このかびくさい臭いからすると、土蔵か何かの地下室だろう』


『流石私立探偵だな』


『当たり前だ。伊達にこの道でメシを喰っちゃいない』


 俺は芋虫のように身体を転がし、仰向けになった。


 少し離れたところに、木製の机があり、そこに俺の拳銃、バッジ、それから警棒が載せてあった。


『お前さんの頼みの綱は全部取り上げた。後は生かそうと殺そうとこっちの自由と言うわけだ。さあ、どうするね?』


『どうもせんさ。俺は俺のやらにゃならんことをやるだけだ。』


『死神』はふんと鼻で嗤うと、名前の分からない男(誰だったかな。まだ思い出せん。喉まで出かかっているんだが)が、俺の横っ腹を思い切り蹴り上げた。


 流石に、こいつは応える。


 男は立て続けに俺を蹴った。


 ああ、そうだ・・・・思い出した。


 こいつ、あの『元公安のおっさん』じゃないか?









 


 


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