俺の災厄 その1
俺はその日、いつもの日課である。1時間の入浴を終えた後、ネグラでグラスを傾けながら、あの、
『呪いの本』とやらを手に取った。
誰もが恐れるといわれる災厄ってもんが、果たして俺にも取りつかれるかどうか、本当言うと半分楽しみでもあった。
ベッドにごろりと横になり、仰向けで
奥付けを最初に確認すると、
『昭和弐年四月一日発行』とある。
無論活字は全部旧字体であるし、表現も昔の言い回しが多用されていて、正直分かりにくかったが、詰まるところは、
『ある人物が大日本帝国で革命を起こす。同志を次第に増やしていった彼は、遂に時の政府、官僚、財閥、そして軍部までも打倒。挙句は『かしこき御方』を捕らえて軟禁をし、自らが日本の権力を握り、プロレタリアートを解放する・・・・と、そんな内容だった。
(それにしても、戦前の今なんかより遥かに官憲が厳しかった時代に、空想小説とはいえ、よくまあ伏字もなしでこんなものが発表できたもんだな。これじゃ流石の左翼陣営もしり込みをする筈だ)
『ある人物』とは恐らく作者自身を指しているんだろう。
彼は終始自分の事を『死神』と、第三者的な呼称で呼んでいる。
帝政ロシア時代に、セルゲイ・ネチャーエフという共産主義革命家がいた。
『目的は手段を正当化する』と説いたことでも知られており、向こうは共産主義、こっちは無政府主義だが、どうやらかなり影響を受けていることは間違いないようだ。
俺は共産主義にも、無政府主義にも格別興味はない。
好きではないが、別にあってもいいとは思う。
それだけだ。
しかし、この小説を読み通した感想は、
『妙な違和感が残った』
それだけだった。
何でそんな感覚を覚えたのか、その時は自分でも分からなかった。
まあ、アジテーションにはもってこいなのかも知れないが・・・・
その時である。
ベッドの傍らのサイドテーブルの上に置いてあった、俺の携帯が鳴った。
俺は電話が嫌いだ。
中でも携帯だの、スマホだのの類は、極力出ないようにしている。
だから、電話番号なんか、よほど見知った人間にしか教えていない。
(やむを得ず固定電話だけは電話帳にも載せているが)
『もしもし?』
俺は電話に出た。
(読んだね?あの本?)
不気味な声だ。
まるで錆びた鉄と鉄をこすり合わせるような、耳障りな響き。
そんな感じがした。
『人の家に電話をかけてくる時には、まず自分の名前を名乗るもんだ。必要最低限のマナーは守るもんだって、学校か家で大人に習わなかったかね?』
(私にはそんなもの、必要ない。何しろ人間じゃないんだからな)
『じゃ、誰だね?まさか妖怪か何かだとでもいうつもりじゃあるまいね?』
(本の登場人物だよ。そういえば分かるだろ?)
『はぁ?』
ブツッツ。
突然電話が切れた。
俺はしばらく携帯の画面を見つめていた。
確かに『非通知』となっている。
これが、俺の災厄の始まりだった。
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