死神の正体 その4

『・・・・なるほど、確かに君を甘く見ていたようだ・・・・しかしだのだのというのは聞き捨てならんな。我々はこう見えても・・・・』


『本当のことを言ったまでさ。俺だってプロだぜ?ここへ来る前に君らの事を何も調べてなかったとでも思ってるのか?』


 俺は拳銃を突き付けたまま喋った。

 


『確かに細貝秀之助と言うアナーキストは居た。彼が『夜の底の死神」という小説を書いたのも本当だ。しかし・・・・』


 俺は依頼されたモノとは別の、わら半紙にガリ版で印刷し、和綴わとじにした本を取り出し、奴の前に投げ出した。表に書かれた題名は同じ、


『夜の底の死神』だった。


『俺が知り合いの文芸評論家から手に入れたものでね。紛れもない昭和弐年に出版された本物だよ』


 考えてみれば不思議な話だ。


 あんな過激な内容の小説が、締め付けの厳しかった時代に、布クロースに天金まで打った豪華装丁で出版されるわけがない。


『俺の友達に本の装丁を専門にやってる職人がいてね。そいつにこっちを見て貰ったんだ、一目見て彼はこういったよ。「まがい物だな」ってさ』


 その友人曰く、

『どんなに古くても印刷したのは昭和三十年代後半だ。事によるとそれより新しいかもしれん。紙はわざと薬品か何かを使って古びさせたんだろう。』とのことだった。

そう言えば活字もところどころ現代仮名遣いになっている。



 

迂闊うかつだったな。俺にもそこまでは見破れなかった。


『それから、細貝秀之助が昭和十二年に特高に逮捕されたのも事実だ。思想犯なんだから当然厳しい取り調べを受けたかもしれん。だが彼はそれが直接の原因で死んだわけじゃない。』


 俺はポケットのシガーケースからシナモンスティックを取り出して口に咥えた。

『彼は同じ年に証拠不十分で釈放されてね。故郷、つまり群馬県ここに戻って来た。それから間もなくして亡くなったんだよ。この家でね。ほら、俺が閉じ込められていたあの土蔵の地下でさ。結核だったそうだ。細貝家はここらじゃいわば名家だ。そんな家から縄付きを出したとあっちゃ、親も外に出せなかったんだろう。』

 俺は一本目をかじり、それから別の隠しポケットから一通の封書を取り出して抛った。

『死亡診断書だ。ここらで一番古い内科医院の先代院長が作成したそうだ。几帳面な病院だな。そんな古い記録をちゃんと保存しておいたくらいだからな。それに俺が訳を話したら、直ぐに協力してくれたよ。医者にしちゃ誠実なもんだ。』


 


『死神』は悔しそうに唇を噛んで下を向いていたが、やがてかっと目を見開いて俺を睨《にら》みつけた。



『それが何だというんだ?彼が過酷な取り調べを受けたことは間違いない。私は細貝の魂を受け継いで、この腐った日本に革命を起こそうと思ったのだ!細貝の本の偽物を造ったのも私だ。それを利用して日本を益々混乱におとしいれようと・・・・』


『寝言は寝てから言うもんだ。』

 

 俺は冷ややかに言った。


『お前さんはそんな高邁な思想なんかありゃしない。お前さんが欲しかったのは、この内田家の財産だ。違うかね?死神、いや、内田孝三郎さん?』










 

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