『黒い本』の由来 2

『お、お願いです。このままだと私までおかしくなってしまいそうです。だからこの本を処分してください。方法は貴方に任せます!』


 俺は腕を胸の前で組み、天井を向いて暫く考えた。


『で、この本はどんな本なんです?』


『だ、だから呪いの本だと』


『それじゃ説明になってませんよ。どんな内容か・・・・それはまあ私も一応目を通すとして、何時頃誰によって書かれたか、貴方は御存じなんでしょう?』


 篠原氏は俺の言葉に、ごくりと唾を飲み込んで話し始めた。


 彼によれば、この本が最初に出版されたのは昭和二年、日本の若者の間で社会主義や共産主義、そして無政府主義が台頭してきた時代であった。


 著者の名前は細貝秀之助、ほんの一時期名を成したアナーキストの小説家である。


 彼の代表作がこの

『夜の底の死神』だった。


 しかしその内容があまりにも先鋭的過ぎたことで、他の社会主義者やアナキストの同志達からも距離を置かれるようになり、当然官憲にも目を付けられ、そして昭和十二年、南京陥落の年に官憲によって逮捕され、随分苛酷な取り調べを受けたようだ。


 表向きは病死ということになっているが、彼の支持者は『警察によって虐殺された』と、主張して止まなかったという。

『夜の底の死神』は、その後数千部が半ば地下出版に近い形で出版されたものの、戦争の暗雲の中でいつしか忘れ去られてしまい、再び(ほんの僅か)脚光を浴びたのは、昭和27年4月28日、即ち、


『サンフランシスコ講和条約』が発効され、日本が独立主権を回復してからのことであった。


 しかしその時代には既に細貝の名は、ごく一部の支持者や研究者にしられるのみで、

彼らが出版を試みようとしたものの、肝心のオリジナルが散逸していたし、どこの出版社からも二の足を踏まれてしまったそうだ。


『しかし、彼の作品が敬遠されたのは、それだけじゃなかったんです』


『それがつまり「呪い」というわけですか?』


 篠原氏は俺の問いかけに黙って頷いた。


『この本は最初誰にでも魅入られたように手に取る。しかしその後身の上に思わぬ災厄が起こるんです。事実私にも起こったんですから、間違いはないでしょう。それならばいっそ、もう誰の目にも触れない方法で処分してしまった方がいいと思いましてね。

いぬいさん、貴方はそうした呪いだの何だののたぐいなんて、一切信じないとうかがっています。』


『要するにケチな探偵屋一人なら、どうなっても構わないと?』


『お願いします!お金は幾らかかっても構いません。どうか引き受けて頂けませんか?』


 篠原氏はテーブルに頭を擦《こす》りつけんばかりにして頭を下げた。



『分かりました』


 俺は頷き、本を手に取った。


『私は呪いだの、祟りだの、災いなんてものは、一切信じていません。私が信じるのは、自分の目で見て、確認できることだけです。こいつを手元に置いて、何が起こるか・・・・確認してみるのも面白いでしょう』





 


 


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