災厄は黒い本と共に
冷門 風之助
プロローグ
『災難や危険というのは、いつ降りかかってくるか分からん。だから常に注意を怠るな』
陸自に居た頃、そして探偵になったばかりの頃、俺、つまり
それを肝に銘じ、自分でも常に気を付けてはいる。
だが、あんな形で災難が降って来るとはなぁ・・・・思ってもいなかった。
事の起こりは今から1か月ほど前、
俺の事務所に、青白い、まるで幽霊みたような中年男がやってきた事から始まった。
その男は、ある高名な(断っておくが名前が売れてるというのは、必ずしも人間として優れているという意味じゃない)弁護士の名刺を持っていた。
探偵稼業ってのは、弁護士に知り合いが多い。
弁護士ってのは、いい仕事、金になりそうな依頼をよく回してくれる。
だから、そういった
現に、彼が持参した名刺の弁護士も、これまで
仕事を回してくれていた。
『頼まれてくれませんか?もう貴方しか頼める相手がおらんのです』
俺が勧めるより早く、彼はソファにへたり込んで、大きく肩で息をした。
コーヒーでいいか?と俺が訊ねると、
『いや、水でいい』
とくる。
俺はキッチンに戻ると、冷蔵庫を開け、前に買っておいたとっときの『奥多摩川のおいしい水』の封を切り、コップに注いで出した。
彼はその水を特に味わうでもなしに一気に飲み干し、まだ肩で荒い息をしている。
『これが契約書ですが・・・・』俺が型通りの紙を出し、彼の前に置くと、向こうはそれを読んだか読まないかも分からないといった速度で目を通し、取り出したペンでサインをし、確認もせずに拇印を
『お金は幾らでもお支払いします。私がやって頂きたいのは・・・・』彼は顔を背けながら、傍らに置いたバッグを片手で探ると、一冊の本を取り出し、テーブルの上に置いた。
『この本の処分なんです!』
声が裏返る。
彼はコップを掴んで差し出し、水をもう一杯所望した。
俺は『拝見します』といい、本を手に取った。
かなり古いもののようだ。
表紙は布クロース張りというやつだが、金文字でタイトルが記してあるものの、元々そうだったのか、それとも経年劣化のせいなのかは分からないが、擦り切れて殆ど読み取れない。
一見、ましな装丁のようにみえるものの、デザインも地味でお世辞にもあまりぱっとしていない。
中を開けてみると、
頁を繰り、中扉を見ると、黒い大ぶりの明朝体の活字でタイトルがあった。
『夜の底の死神』
俺がそのタイトルを読むと、彼はそれだけで不快そうな表情をした。
『怪奇小説か何かですか?』
彼はまた一口水を飲み、黙って首を振った。
『呪いの本です』
彼の口から出た言葉は、やっとそれだけだった。
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