帰郷 (二)

 熊田はその後汽車に乗り、故郷に向かった。

 列車内は、最初こそ大勢の人で溢れかえっていたものの、目的地が近付くと打って変わってガラリと空いた。


 彼は頬杖をつきながら、窓の外の紅に染まる空を眺めていた。先程までの帰郷の喜びも、今は一抹の不安を抱えていた。

 そんな彼に、一人の男が声を掛けてきた。

「よう兄ちゃん」

 振り返ると熊田の目の前には、タキシードを着た中年の男が一人立っていた。

おかか?海か?」

「陸です」

「そうかそうか」

 男は熊田の隣に座ると、煙草を取り出した。

「いいかな?」

「どうぞ」

 男はにんまりと笑って「ありがとう」と返すと、煙草に火を付けた。


「あの戦争は非道かったな」

 突然男がぽつりと呟いた。

 独り言のようにも聞こえたが、熊田はそれを無視することができなかった。

「貴方に何が分かるんですか」

「おいおいひどいな。私だってこれでも船に乗って最前線で戦っていたんだぞ。まあ、最後の方は乗る船すらなかったがね」

 煙を吐きながら豪快に笑う男を、熊田は冷たい視線で見つめた。

「しかし兄ちゃん。俺たちは確かに戦争には負けたが、勝負には負けていない。そう思わんかね?」

「はあ?」

 呆れた顔をして熊田は男の顔を見る。

「いいか。勝負で大事なのはな、勝つことじゃねえ。負けねえことなんだ」

「はあ」

「要するにな、兄ちゃんの人生はまだ始まったばっかりだ。あまりくよくよしてると人生棒に振っちまうからな、気を付けろよ」

 男はそう言うと、煙草を窓の外に投げて席を離れた。その場にはヤニのにおいだけが残った。

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