人喰らい (六)

 洞窟内は人一人がやっと入れるくらいの大きさしかない。ましてや他より背の高い熊田からしたら、とても窮屈なものだ。


「ここで間違いないんだろうな?」

 身を屈ませて熊田が問う。


「間違いない。大丈夫、もう少しの辛抱だ。男なら我慢しろ」

 前を行く小柄な彼女は、何の苦もなくそう答えた。


 岩壁に手を添えて、それに沿って進んでいく。湿り気のあるその感触は、その場所が誰にも知られぬ秘境であることを男に告げているようだった。


「ここだ」

 前にいる少女はそう言うと、手のひらに火の玉を出現させてこちらを向いていた。


「それは何だ?妖術の類か?」

「だいたいはそんなもんだ」

 青白く輝く火の玉に照らされて、岩壁も輝く。偶に雫の落ちる音がするのみで、他には何も聞こえない。


「確かここと言ったな。だが何もないぞ」

「目に見えるもンだけが全てじゃないぞ若造」

 途端、熊田は目を見開いた。それは彼の言葉に反応したのが雪ではなかったからだ。


「驚かせて悪かったな。何せ久々に人間が来たもンだから」

 狭い空間で首を振り、周りをキョロキョロとする熊田に声の主は言った。


「一体どこに……」

「ここだよ」

 右往左往していた彼の目線は、雪の肩の上へと向かった。


 くりっとした目玉のその視線は、自身に向けられた熊田の視線とぴったり重なった。

魂消たまげた……」

 熊田にはそれ以上の言葉がなかった。確かに彼は自分に声を掛けた。人語で。

 しかし世界のどこに人語を喋る蛙がいようか。

 しばらく彼は、その小さな雨蛙から目が離せなかった。




「こら宇吉うきち。あまり悪戯をするな」

  右肩にいる蛙に向かって彼女は言った。

「いや、つい」

 悪びれるように蛙は彼女にしっかりとした言葉で返した。おまけに頭まで掻いている。

 目の前で繰り広げられる奇っ怪な光景に、熊田はただ呆然と立ち尽くしていた。


「で、今日はどんなご用時で?」

「そうそう。そこにいる男をまず紹介しよう」

 雪は熊田を指さして言った。


「おい熊田。いつまでボケッとしてんだ。早く自己主張しろ」

「は、はあ……」

 しどろもどろになりながらも、熊田は自己紹介をした。


「熊田雄一です」

「雄一か……」

 蛙はしみじみとして、もう一度「雄一」と繰り返した。

「いい名前だな」

「あ、ありがとう……ございます」

「じゃあ俺も自己紹介しねえとな」

 蛙はそう言うと、雪の頭の上に跳び移った。


「俺は宇吉。ここで暮らしてる。今でこそ蛙だが昔は人間だったンだ」

「昔は人間だった?」

「そうだ。多分二百年くらい前のことかな?」

「二百年!?」

 熊田は思わず驚愕した。その声は狭い洞窟にはよく響いた。

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