駆逐艦「響」にて (二)

 にわかに甲板が騒がしくなったのは、それから程なくしてからのことだった。

 ざわついた空気の中、その様子を熊田は釈然としないまま窺っていた。


「何だ?」

 その時、先ほどの塚本が熊田の元へと駆け寄ってきた。

 塚本は熊田は尋ねる前に話し始めた。


「中尉、大変です。どうやら国籍不明の機体がこちらに迫っていると……」

 走ってきた彼の額に流れる汗は、きっと冷や汗だろう。憔悴しきった顔も、さらに青白さを増していた。


「どういうことだ?」

「自分も細かくは分かりません。ただ、きっと艦橋は既に対策を……」

 塚本が言い終わらぬうちに、怒声が甲板に響き渡った。

「五時の方向より機影!」

 声に呼応して、全員がその方向を見る。甲板も一層ざわつきが増した。


 ざわつく人混みをかき分け、熊田はを見た。

 目視でも確認できるそれは確かに飛行していた。ただ熊田の中では、ある疑問が湧いた。

「あれは本当に航空機か?」

 それは飛行機にしては、あまりにも変だった。見当たらない主翼にエンジン音の一つも聞こえない。それに____

「あれだけ海面すれすれを飛ぶなんて……」

 誰かが言った。そいつは飛行機乗りパイロットだったのかもしれない

 そうなのだ。航空機があれだけ海面を低高度を飛ぶとなると、相当な技量が要求される。それをこの時代戦後にやってのける奴がどれ程生き残っているだろうか。

「人間だとしたら化け物だな」と、熊田は内心思った。


 しかし変わらない事として、それは明らかにこちらに向かって急接近していた。

「畜生!あれが何であれ、このままじゃ艦にぶつかるぞ!」

 危機を悟った熊田は、人混みから脱出すると、真っ直ぐ艦橋に向かった。上層部に話を付けるためだ。

「ちょっと!待って下さい中尉!」

 それに続いて塚本も慌てて着いていった。


 熊田達が着いたとき、艦橋の入り口には見張りだろうか、一人の男が立っていた。

 熊田は息を荒げながらもその男の前に立つと、口を開いた。

「この艦の責任者と話がしたい」

「それは出来ない」

 熊田の問いに対して男は、冷淡な口調で返した。

「じゃああの航空機はどう対処する?それだけ教えてくれ」

「悪いがそれも出来ない」

 同じような男の返答に、さすがの熊田も苛立ちを隠しきれなかった。

「じゃあ対空砲は?駆逐艦とてそれくらいはあるだろう?」

駆逐艦の勝手な武装の使用は許可されていない」

「それが乗員全員の危機だとしてもか?」

「ああそうだ」

 熊田が荒げた口調になってなお、男は表情一つ変えずに答えた。

「クソ!いつだって上層部は当てにならねえ……」

 そう言って男を睨みながら、熊田はその場を去った。

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