駆逐艦「響」にて (三)

 再び二人が謎の飛行物体を確認する頃には、それは艦まであとわずかのところまで来ていた。


「もうこんな近くに……」

 熊田は右拳を血が滲むほど握りしめて、それを睨んだ。

 飛行物体は先ほどよりも鮮明になり形状もはっきりしていた。だから熊田はそれの違和感にすぐ気が付いた。


「あの、あれってもしかして……」

 隣にいた塚本も、飛行物体の正体に気が付いたようだ。だがその正体は、口にするにはあまりにも馬鹿馬鹿しいものだった。

「ああ、あれは人だ」

 呆然と呟くように熊田が言った。

 その信じられない正体に艦にいる全員が気づいたようだ。


 熊田の脳裏には、竹取物語のワンシーンがよぎった。それはかぐや姫を連れ帰るために、月の使者が登場する場面である。

 月の使者を追い返すために準備していた帝の軍勢が、月の使者に漂う何とも言えない気配に圧倒されていまい、ただ呆然とするのみという状況である。


 彼はあながち今の艦にいる人達の状況も竹取物語に似ている、と思った。

 唖然とする者、息をするのさえ忘れる者、何とか気丈を持ち、役に立たない対空砲弓矢に手を掛ける者。その全てがまるで昔話の一場面ワンシーンのように思えた。しかしそれは今目の前で起きている現実であるのだ。

「来るぞ!」

 誰かの叫びが聞こえた後、人型は響の横すれすれを疾風の如く通り過ぎた。


 疾風の中にありつつも、その瞬間は時が止まったかのようにゆっくり過ぎていった。

 人型の姿もはっきり見えた。恐ろしく長い白髪に、顔には見たことのない仮面を付けた人型の体長は、ざっと大人二人分くらいはあるだろう。

 熊田も塚本も、おそらく艦にいる全員が目を見開いて人型を見た。

 その何とも言えぬ不気味な姿に誰かが

「神だ……」

 と言った。誰も否定しなかった。

 いや、否定できずに誰もが皆立ち尽くすしかなかったのだ。

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