帰郷 (一)

 艦から降り、二度と踏めないと思っていた祖国の土を踏む。目の前の景色に故郷ふるさとでもないのに懐かしさを覚えた。


「帰って来られたんだな……」

 熊田のその言葉に、塚本は静かに頷いた。

 周りの人々も、皆それぞれに無事帰ってこれたことを祝福していた。

 その中を熊田は左肩を押さえながら、ゆっくりと歩みを進めた。塚本も後に続いた。


「しかし中尉。あの空飛ぶ人の正体、何だと思います?」

 隣の塚本が熊田に質問した。

「さあな、でも神じゃないだろう」

「そう思いますか?」

 どうやら塚本は神と思っているらしかった。

「逆に聞くが何故神が日本海を渡るのだ?おかしいと思わないのかね?」

「そりゃ……神様も戦争で戦われたんですよ!日本を守るために」

「そうかね。俺は本当に神様がいるなら、人類はとっくに戦争という愚行から救われてると思うんだが」

 顎髭をさすりながら熊田は答えた。




 明くる朝。晴天の下、駅のホームは帰郷する人々で溢れかえっていた。熊田と塚本はそれを眺めながら、汽車を待つ列の最後尾に立った。

「さて塚本。お前はどこに帰る」

 横目で熊田が尋ねる。

「西の方に帰ります」

「西か。じゃあお前とはここで別れることになるな」

 熊田はそう言うと、塚本の方を向いた。

「お前にはとても世話になった。だから下手な挨拶は必要ないと思っている。だから……」

 ポケットに突っ込んでいた右手を出して、握手を交わした。

「長生きしろよ」

「はい。中尉も……いや、熊田さんもご達者で」

「おいおい、中尉はどうした?」

「それは貴方が言ったことではないですか」

 二人してどっと笑った。息が少し白かった。

 そして熊田は、これが今生の別れにならないことを心の底で強く願った。




 汽車はゆっくりと動き出した。

 窓から手を振ってくる塚本を見送り、ホームの隅で、熊田は次の列車を待った。

 彼の心の中は、塚本のことや例の飛行する人型のことではなく、純粋な帰郷に対する喜びだけがあった。

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