第二幕 熊田雄一

駆逐艦「響」にて (一)

一九四五年 日本海海上


 かつて大日本帝国は、ここ日本海に於いて東郷平八郎率いる艦隊を持って、ロシアバルチック艦隊を駆逐し、祖国に勝利をもたらした。

 しかし今はどうだろうか。逆に我々の方がロシア、もといソビエトに追われる身となってしまった。


「終わったのか?」

 熊田雄一中尉は、駆逐艦「響」の艦上より日本海、兵どもが夢の跡を見渡していた。

 鉛色の空は重く垂れこみ、波が激しく船体に打ちつけていた。

 つい二カ月前、大日本帝国が敗戦したことにより、長きに渡った大東亜戦争が終わった。

 熊田は前々より、聯合艦隊の壊滅や独逸ドイツの降伏などを耳にしていたので、口にこそしなかったが薄々勘付いていた。

「熊田中尉」

 黄昏れていた彼のもとに、一人の男が来る。

「塚本、俺はもう中尉ではない。戦争はもう終わったんだ」

「しかし……」

「まあいい。好きに呼べ」

 彼のもとに来た男、塚本は困惑していたが、本来の用事を思い出した。

「これから自分達はどうなるのでしょうか?」

 若い彼の質問に、熊田は顎の髭をさすりながら考えた。

「満州ではたくさんの日本兵が、露助どもに捕まったとも聞きます。自分達も同じように米兵どもに捕まってしまうのでしょうか?」

「そうだな……」

 塚本の不安も無理はないと熊田は思った。

 聞けば彼は学徒出陣により、本国からはるばる大陸まで来たらしい。そんな若いのが戦場、そして敗戦を経験し、このような状況にいることを考えると、同じ身の上とはいえ同情せざるを得ない。

「きっと大丈夫だ。日本は立ち直る。そのために塚本、お前はちゃんと家族の元へと帰れ」

「家族の、元にですか?」

 きょとんとした顔で塚本は返した。

「そうだ。そして家族のために働け。お前にはそれができる」

 そう言って熊田は、自身の左袖を持ってひらひらさせた。

「分かったな」

「は、はい!」

 大きく返事をして、塚本はその場から去っていった。満足してくれただろうか。

「俺も家族の元に帰らねえとな……」

 熊田は懐から一枚の写真を取り出した。しばらくの間、文さえ交わしていない。無事でいてくれてるだろうか。

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