人喰らい (九)

 みっともないかもしれない。二十半ばの男が、少女に食事を手伝ってもらうだなんて。

「ほら、食え」

「ちょっ、熱い!少し冷ましてから……」

「つべこべ言わずに食え」

 箸で物を押しつけてくる彼女に、熊田は右手で必死の抵抗を試みた。

 これが恋人同士なら、多少はましになるかもしねない。だが、この二人に至っては捕食者と被捕食者の関係であった。

「おい熊田!お前今までどうやって食事してきた!」

 箸を置いて雪が熊田に怒鳴る。その頬は少し赤く染まっていた。

「どうやってって……。そりゃ箸を使って」

「は?じゃあお前のその腕は昨日今日で失ったのか?」

「成る程、そういうわけか。それならこう……」

 そう言って熊田は、右手で掴む動作をした。

「それって、手づかみじゃないか」

「そうだが」

 当然のように答える熊田に対して、雪は目を押さえて呆れたようにため息をした。

「お前は猿か」

「はっ。軍では猿以下の扱いを受けたがな」

 呆れる雪に対し、熊田は鼻で笑った。こうやって笑ったのは随分と久しいかもしれなかった。




 冷たい秋風に当たりながら空を仰ぐ。浮く月は満月に近いが、そうではなかった。

「これ。あまり欠けた月を見続けると桂男かつらおとこに命を取られるぞ」

 後ろから雪が声を掛けてくる。彼女の体からは湯気が出ていた。

 どうやらこの屋敷には小さいながら風呂場があるらしいが、熊田は使用しなかった。


「妖怪には殺されたくないな」

「そうだろ?」

 彼女はそう言うと、となりに座ってきた。

 時折吹く秋風が濡れた彼女の肌をなでる。熊田は横目でそれを眺めながらぼうっとしていた。


「おい、熊田」

「ん?何だ」

 突然の質問に我に返る。

 雪はこちらを向いて、真っ直ぐな視線でこちらを見つめていた。

 暫しの沈黙の後、雪が口を開いた。

「何故自殺した」

 ああ、そうか。彼女は知らないのだ。熊田はため息をつきながらそう思った。

「そうだな。話すと長くなる」

「どのくらいだ?」

 彼女は変わらず真剣な眼差しでこちらを見ていた。誤魔化しなど効かないと言わんばかりに。

「どうも今夜は眠れそうにない。話そうか。夜が明けるまで」

「夜明けまで、か。よいぞ」

 彼女の頬が緩んだ。

 そうして熊田は浮かぶ数多もの星を眺めながら、語り始めた。

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