人喰らい (八)

「何かそそのかされたか」

 外で待っていた雪はニヤニヤしながら聞いてきた。


「何でも」

「なんだ、つまらない」

 雪はそう言ってそっぽを向いてしまった。


 西の空は既に赤く染まり、鳥の大きいのやら小さいのやらが二、三羽飛んでいた。

 いつもなら感動できそうなその景色でも、今日に限ってはどうもそうはいかなかった。




 雪の家に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

 どうも出るときには気づかなかったが、家の裏は平地になっているらしい。しかし詳細までは、暗くてよく分からなかった。


「さて、遅いが夕飯にするか」

 そう言って彼女は引き出しを漁ると、割烹着を取り出した。


「夕飯って、お前も食べるのか?」

「まさか、人以外は食べないとでも思ってないだろうな」

 雪の冷たいから目をそらし、台所を見る。釜やまな板などある程度の調理器具が並んでいた。


「いつ人喰らいが人だけを食べると言った」

 熊田は雪を見て黙るしかなかった。




 台所に立った彼女は、慣れた手つきで次々と調理している。

 熊田は手伝おうとしたのだが、「男は居間で待ってろ」と一蹴されてしまい、大人しくしている。


「暇、だな」

 頬杖をついて、壁を見つめる。

 近くでは秋の虫たちが夜の調べを奏でている。時々入るすきま風も、物寂しい秋の夜を吹き抜けていった。


「ほら、できたぞ」

 台所から雪が出てくる。長い黒髪は束ねて、三角巾にまとめられていた。

 彼女は米と一汁一菜を小さな卓袱台に置いた。


「おお、上手そうだな」

「料理はあまり得意ではないが、口に合えば」

 割烹着を脱ぎながら彼女は言った。

 一方で熊田は湯気の立つ白米銀シャリに心を躍らせていた。何時振りだろうか、このような温かい食事にありつけるのは。

 終戦以来、ろくなものを口にしていない熊田からしたらご馳走であった。


「では、食べようか」

 雪が向かいに座ると熊田は手を合わせた。

「よし、いただきま……」

 いや、手は合わせられなかった。

「どうした熊田?魂でも抜かれたような顔をして……」

 怪訝な顔で雪が覗き込んだ。

 熊田はただ箸を見て固まってるだけだった。

「あの……」

「どうした?」

 時間が止まりかけた空間で、熊田は苦笑いをして言った。

「食べるの手伝ってくれないか?」

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