人喰らい (二)

 豆、もとい丸薬の効果は絶大だった。

 少し前までは寝返りすら打てない程だったのが、今では上体を起こせる程までに回復した。

 ゆっくりと腕を動かし、全身をさする。小さな傷こそあれども、動けないほどではなさそうだった。

「どうだ。すごいだろ」

 存在しない左手の方を見ると、おそらく十五、六くらいであろうか。男に丸薬を飲ませた少女がいた。

 人形とは違う黒く艶のある髪に、日光を浴びず、箱の中で育てられなのではないかと思うほど雪のように白い肌。その美しい少女はこちらを向いていた。

 思わず見とれてしまいそうな容姿だが、男は違和感を感じた。だが、その正体が分かる前に少女の方から話し始めた。

「どこか痛いところはあるか」

 男はかぶりを振った。

 少女はよかったと言って、微笑んだ。

「しかし崖から滑り落ちたというのによく生きていたな」

「いや、違う」

 気が付いたら自然と口から声が出ていた。といってもまだ掠れてはいるが。

「滑り落ちたんじゃない。自ら落ちたんだ」

 とっさに少女から視線を逸らし、物憂げにそう呟いた。

 少女は「そうか」とだけ言って立ち上がり、どこかへと行ってしまった。

 男はただ自らの運命を恨んだ。


 戻ってきた少女の手には、一杯の水が握られていた。男はそれを受け取ると、一気に飲み干した。

 潤いが戻った喉からは、先ほどまでとは違いしっかりとした声が出るようになっていた。

「本当は死ぬはずだった」

 少女も再び同じ場所に座り、こちらを向いた。

「何となくだが、そんな気がしていた」

「なら何故助けた」

 少女は動揺して、どこか悲壮な顔つきでこちらを見据えていた。

 男は我に返り、「すまない」と言った。

「善意で助けてくれたのだろう。感謝する。この屋敷の主人を呼んでくれ。挨拶をさせてもらってから出て行く」

 そう言い男が立ち上がろうとした。

 しかし少女はそこから動く気配もなく、ただ座っているだけだった。

「頼む。主人を呼んでくれ」

「この屋敷の主人はわらわだ」

「は?」

 思わず呆気にとられた。

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