帰郷 (三)
日も暮れ、鈴虫の声が聞こえる頃。やっと汽車は熊田の故郷へと到着した。
しかし熊田の期待とは裏腹に、長らく見ることのなかった故郷は変わり果てた姿になっていた。
「何だこれは……」
街の建物は炎で焦がされ倒壊し、道の隅では家を失った人が乞食をしている。故郷は完全に、熊田の知っているものではなくなっていた。
ふと脳裏に家族の顔が浮かぶ。
「母さんは……それに優子も」
熊田の背中を冷や汗がつたう。彼は自宅へと走り始めた。
息を切らしながらも、彼は自宅だった場所へと辿り着いた。
眼前にある黒く焦げたそれは、かつての面影を残しながらも、明らかに異なる存在で立ち尽くしていた。
「…………」
目を見開き、言葉もなく膝から崩れ落ちる。虚無だけが心を支配した。
「俺は一体、何を守って戦ってきた……?」
虫の羽音のように掠れた声が漏れる。しかしその問いかけに誰も返答しない。
熊田は確かに国のために戦ったかもしれない。だがそれは家族を守るためである。決して天皇陛下のためや、鬼畜米英を倒すためではなかった。それなのにーー
「あの、熊田雄一さんでしょうか?」
呆然と座り込む熊田に、丸眼鏡の男が声を掛けてきた。
「この度は、その、お勤めご苦労様でした。」
男はそう言って帽子を深くかぶると、二つの封筒を差し出してきた。
「一つはお母様と妹様のものに、もう一つはお父様のものになります。それと……」
「分かった、ありがとう。だからこれ以上はいい。何処かへ行ってくれ」
男の話を遮って、熊田は鋭い視線を向けて言った。
男は「失礼しました」とだけ言って、足早にその場を去っていった。
熊田は腰を上げると、家の中に入っていった。焼失した部分はあれど、熊田一人が一晩明かすのには充分であった。
何も考えることなく、一番広い部屋に上着を広げる。熊田はそこに身を投げると、一点天井を見上げた。
こんな状況であるのに、涙は流れてこない。熊田はそんな自分を鼻で嗤った。
「どうやら俺も、死んでしまったようだ」
ただ暗闇だけが支配する部屋の中に、熊田雄一という男はいなかった。
そこにはただ、帰る場所を失った若い
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