第12話 呪われた過去
マリーの母親の名前は、ミシェル。ミシェル・アディル・クレイン。
魔女の一族の中でも、高貴な一族として生まれた。彼女と出会ったのは8歳のころ、学修会で同じクラスになったのがきっかけだった。
彼女はいろいろな才能に富んでいた。それに引き換え、私はそれほどまでに立派な一族の生まれじゃなかったから、ミシェルと一緒にいると私まできっとすごいことが出来るんじゃないかって思えてきて一緒にいるのが本当に楽しかった。ただ、ミシェルからすると私みたいに好奇心や向上心が強い子が憧れだったみたい。
「ねぇ、リディ。今日はお花の習い事なの」
「あら、面白そうね」
「あなたって、本当になんでも興味を持つよね。でも私はそんな習い事には興味ないの」
「あらあら、もったいない」
「いいの、さぁ、一緒にオルガンでも弾きに行きましょう!」
「ええ、それも面白そうね」
彼女は絵に描いたようなわがまま娘に育ち、私はそんな彼女と一緒に育った。クレイン家の方々にもいろいろと面倒を見てもらったこともあった。
そして、あっという間に学生時代は終わり、彼女はすぐに立派な男性と結婚した。少しばかり寂しかったけど、私は私で薬剤の仕事をはじめそれなりに忙しくも充実した日々を送っていた。
彼女は一年に一度は故郷へと帰ってきた。その度にいつもうれしそうに旦那様との旅行話を私に聞かせてくれた。その時はほんとうに学生時代に戻ったかのように愛おしく、優しい時間が流れていた。だから私は彼女が帰郷してくれるのがとても嬉しかった。
それでもやはり、彼女は旦那様を愛していたし、私にそれを邪魔する権利なんてなかったから、私はいつもまた楽しいお話を聞かせてね、と街へ戻る彼女を見送った。
数年後には女の子が生まれ、私に名付け親になってほしいと夫婦揃って挨拶に来たの。そんな申し出、もったいないなんて断ったら彼女が久しぶりにわがまま娘に戻ってね。名付けてくれるまで家のドアの前から動かないなんて言い出して、旦那様も私もついつい大笑いしてしまった。そして私は彼女の娘にマリーと名付けさせてもらった。美しく花開くマリーゴールドのような彼女に。ただ、その中にも少しばかりの嫉妬も含めて、ね。私はもう恋愛はすることはないだろうと、女性であることを捨てて本格的に魔術の勉強を始めた。ミシェルに比べれば才能なんてものがなかったかもしれないけれど、少しでも人の役に立つような魔術を必死に覚えたわ。
マリーはすくすくと育ち、丁寧に絵手紙まで送ってくれた。でも、マリーが生まれてからというものの彼女はあまり帰郷することがなくなってしまった。
その数年後、久しぶりにミシェルとマリーは帰郷した。
そこに旦那様の姿が無く、ミシェルはげっそりとやせ細っており、マリーは母親の手から少し離れ、怯えるようにしていた。
「どうしたの、ミシェル」
私は彼女に問うと彼女は震えながら、小さな声で何度も繰り返した。
「死んでしまった、死んでしまった、死んでしまった……、私の、愛する人……」
私は彼女を抱きしめ、マリーともども二人を引き取ることにした。
同じ屋根の下に住み始めてわかったことは、彼女はもう私の知っている彼女ではなかったこと。二度とあの学生のような彼女は戻ってこないのではという不安。それでも諦めることが出来ないという執念。
ミシェルはあまり食事をとろうとせず、マリーも母親について回るばかりで、あまり私に懐くことはなかった。
数か月後、ミシェルはとうとう部屋から出てこなくなってしまった。マリーも座ったままぼうっとしてしまっていて、私もその二人と住んでいるだけで精神が崩れていくのがわかった。でもここで耐えなければ彼女たちこそが崩れ落ちてしまうということが分かっていた、だから必死で普通でいることを演じ続け、出来る限り彼女たちとはコミュニケーションを取ろうとしていた。
最初に異変に気が付いたのは、本が数冊なくなっていたこと。ただ、そのことに気付いてはいたけれど、それはマリーやミシェルが読んでいるだけなのだと思っていた。ただ、問題はその本の内容であったことにはしばらく気付くことが出来なかった。
精神に基づく人体の成り立ちとつくり
ディカール・モノ・ルペル著作の哲学にも似た魔術の本だった。その中の一節として【蘇生術】が記載されていたことに気が付いたのは少しあとのことだった。
もちろん、魔女が力を使うには贄が必要だということは魔女であれば誰もが知っている。
ただ、この蘇生術を使う為の贄は冗談で書かれたとしても酷い内容で人体の一部やいくつかの動物の死骸、鉱物、植物等多くの贄を必要とするとあった。もちろん術者の命の保証すらない。
そして次に異変に気付いたのは匂いだった。
彼女の部屋からなんとも説明の仕様がないほどの悪臭が漂っていた。
「ミシェル、この匂いはなに? ドアを開けなさい!」
それにマリーの姿もない。ミシェルからほとんど付かず離れずのマリーが姿を消していた。
「ミシェル、マリーはそこにいるの? お願いだからこのドアを開けて!」
なにも返答がなく、中からにちゃ、にちゃ、という嫌な音も聞こえてきたので、私は無理やりその扉を突き破った。
その部屋の中には、それが現実としては認めたくないほど恐怖が広がっていた。
「ミシェル!」
部屋の中央には魔法陣が描かれており、その中心にマリーが横たわっている。その周りにはぐちゃぐちゃに丸められた何かの肉片、そして鳥の羽や羊の毛、瓶詰めにされた大量の虫など、見ているだけで吐き気を催すものばかりが並べてあった。
「何をしようとしているの!」
「うるさいッ!」
そう叫んで彼女はゆっくりと何かを唱え続ける。夜中にボソボソと聞こえていた声も彼女のものだとわかってはいたが、それが詠唱の言葉だということに今になって気付いた。
「ごめんなさい、ミシェル! 私、あなたを救えなかった!」
私は彼女たちを保護しているつもりになっていただけだったのだ。ただ家に置いているだけで彼女たちを助けることが出来なかった。なによりもそのことが彼女に申し訳なかった。
「ミシェル、この術はダメ! 人を生き返らせるなんて無理よ! 目を覚まして!」
その声はもうミシェルには届いておらず、彼女はただただ旦那様を生き返らせる呪文を唱え続けていた。
「やめなさい! マリーをどうするつもりなの!」
「ウルサイッ!!」
彼女の声らしからぬ声が私を壁に叩きつけた。ジワリと鈍い痛みが右腕に傷痕を付けた。このままではマリーもミシェルもどちらも危険だ。
なによりもこれほどまでの危険な術を使用して、この世の構造が変わってしまえば、この世界は闇と消えてしまう可能性もある。
「ミシェル!」
彼女はもはや瞳だけではなく、目が全て黄色く光放っていた。完全に自我を失い、力が暴走を始めている。魔法陣から放たれている黒い穢れのような靄がじわじわとマリーを蝕んでいっている。
「ごめん……、なさい……」
私は彼女に手の平を向けて、一つの呪文を唱える。
これも禁忌の術の一つ。人の魂を抜き出す呪文。一度抜いてしまった魂を戻す術はない。
一瞬で彼女はその場に崩れ落ち、マリーは何かから解放されたように目を開けた。
「……おかあ、さん?」
そしてそのマリーの顔を見て、私は自分が何をしたのかを理解した。
私はその魂の器として、マリーが持っていた双子のぬいぐるみの女の子に封じ込め、それを持って自分の住む場所から姿を消した。
*
「……それって」
「そう、理由はどうあれ彼女を、マリーの母親を奪ってしまったのは私」
「でも、そんなのって……」
僕は今の気持ちなんて言葉にしていいかわからず、胸がつまる思いでリディさんの手を握った。
「コーギィ、私はマリーに復讐されても仕方のない身分なの、長年彼女の成長をずっと見守ってきた。それでも事実は事実。もうあの子のあの美しい青い瞳が私を見ることはないの。私を見るときっと彼女は黄色く力強い目をする。残念よね」
リディさんは天を仰ぐ。
「今日は本当に素敵な日ね。それでもやっぱり……」
彼女の頬からぽつりと、数滴の涙が零れ落ちた。
「私の罪は重すぎるみたい」
「……リディさん」
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