第7話 暗闇の森
マリーさんが言うには、その女性は街から出た森の中に住んでいるという。
森と言えば、街の関所の外にある暗闇の森くらいだ。もちろん、そこに行くための許可証は持っていないし、マリーさんからも行くなと禁じられてしまっている。
僕は関所の前でぼうっとしたり、もらった筆でモノクロの風景画を描いていたりして彼女を待つことにした。
関所の先の方にその森が少し見えるが、昼間というのに光がほとんど届いていない。その名の通り暗闇の森だ。
街の人ですらほとんど行き来をする人がいない。いるとすれば、旅人か、行商人など、この街に身を置いていない流浪の人ばかりだ。
「いったい何があるんだろう」
その答えを僕が知る日が来るのかさえもわからなかった。
この日で既に関所で彼女を待つのに三日目なのだが、だんだんと不審に思った関所の兵士が僕に話しかけた。
「最近、ずっとそこにいるが、誰か待っているのかね?」
足や腕は太いが、身長は僕と同じくらいで、なんだか絵本に出てくるドワーフのようだ。
ドワーフほどではないが、口ひげはずいぶんと立派であった。
「女の人を待っているんです」
「女の人?」
「長い黒髪で、身長も高いすらっとした女の人」
ドワーフは考えるように口ひげをさする。
「あー、見たことあるな、そんな感じの綺麗な人。本当にごくたまにだが」
「どのくらいの頻度で見かけたりしますか?」
「さぁ、ワシは別に彼女の恋人でもないからな」
そう言った後に豪快に笑う。
「最近だと、いつ見かけました?」
「んー、あー、でもここ最近は何度か見かけたな。今日もそのうち通るんじゃなかろうかね」
何度か見かけた、おそらくぬいぐるみを探しに来たのだろう。
「何か渡すものでもあるのか?」
ドワーフは僕の手元の紙袋を見て問う。
「そうなんです」
「なぁに、それだったら通った時にでもワシから渡しておこうか」
ニッコリ笑って大きな手を差し出すが、僕はそれを渡せなった。
「ちゃんと僕の手から渡したいので、大丈夫です。心遣いありがとうございます」
「ん、そうか」
自分でも驚くようなハッキリとした物言いにドワーフはあっさりと引き下がる。
「なんか大事な用事みたいだからな。まぁ、もし見かけたらすぐに何か知らせるとしよう。まだこの季節は冷えるから、風邪を引かぬようにな」
そう言って、小さく手を振り、彼は元の立ち位置へと戻っていった。
なんとなく味方が出来た気分だった。いや、少し離れた場所から小さくウインクをすると既に味方になってくれているのかもしれない。僕は手を振り返した。
彼が言っていたようにだんだんと身体が冷えてくる。それに今日は一段と寒さが厳しかった。
ポケットの中には小銭が入っている。マリーさんがこんな時のためにスープ代として僕に渡してくれていたものだ。
今がその時だと、僕は一度立ち上がり、スープ屋へと足を向けた。
コーンポタージュ、ニンジンスープ、クラムチャウダー、コンソメスープ……。
程よい空腹も加わりどれも是非とも味見したいものだ。
「クラムチャウダーの小さいサイズ、ください」
「はいよ」
お金を渡し、紙のカップにスープがとろとろと注がれる。
湯気と一緒においしそうな匂いが立ち込めていて自分の手に渡る瞬間さえ待ち遠しい。
「はい、おまちどう」
僕はそれを受け取り、足早にお店を出る。
やはり外は寒く、いち早くこの手元にあるスープを飲みたくなった。
少しだけ、とばかりに店の前のベンチに腰掛け、スープを飲んだ。
温かさと一緒に栄養も体の中を巡っていく感じがする。これでもうしばらくは頑張れそうだった。
このスープもある意味、魔法みたいだなという考えも浮かぶ。
もしかして、ここの店主は魔法使いで、奥さんは魔女なのでは。
そう考えると、スープだけではない、他のお店の店主でさえそう思えてきて、だんだんと魔女と魔女じゃない人の境界線が崩壊しだす。
「よくわかんなくなってきた」
考え事をしながらの食事は意識しているよりもあっという間で、スープは既に残ったスープをかき集める必要があるくらいまで減っていた。
飲み終えてしまったからのカップをゴミ箱に捨て、関所へと戻る。
曲がり角を曲がり、関所が遠く見える場所へ着いたとき、まさにそのタイミングに黒髪で兵士たちよりも背の高い人影が森に入っていく姿があった。
「あっ!」
はっとした瞬間からは走りはじめ、名前を叫ぼうにしても僕は彼女の名前を知らなかった。
「待ってくだ……さい!」
そう叫んでも彼女は足を止めることはなく、森の方へと姿を消してしまう。
それでも今なら間に合う、と丁度、何か書類を持って関所内へ姿を消している兵士や、他のものに意識を奪われている兵士の隙をついて、関所をそのまま走り抜けた。
「おいッ! 今、少年が森に入ったぞ!」
関所の建物内からあのドワーフの野太い声が聞こえる。
こうなったもう怒られること覚悟だ。そのまま僕は暗闇の森の中へと足を踏み込んだ。
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