第11話 あの日の記憶
リディさんが奪ったマリーさんの大事なもの、それはマリーさんの母親だった。
二人の話を結び付ければそうなるのだが、実際にリディさんと会った僕からするとリディさんがそんなことをするような人には思えなかった。別人なのかとも思ったが、見た目は昨日僕がマリーさんに説明したもので一致しているらしい。
マリーさんは珍しく朝早くから出かけてしまっている。いつもならば一言声をかけてくれるか、メモ書きを残していくのだが、そういったものが一切なかったことが僕は気がかりで仕方がなかった。
昨夜のマリーさんの表情はなかなか頭から離すことができないし、自分の母親を殺した犯人があのリディさんだという言葉がまだ理解が追い付いていない。
一人で朝食を済ませ、部屋の掃除を始める。
窓の外はいい天気なのだが、心の中がモヤモヤしてしまっているのであまり気分としてはスッキリしない。
「はぁ……」
せめてマリーさんがまだいつも通りの様子でいてくれればこんなに不安にならないのに。
気分を変えるため、外に出ようと開くかわからない扉に手を伸ばす。ガチャリ、と扉は開き、重苦しい空気が外に吸い出されていった。
「今日はずいぶん暖かいなぁ」
あまりにも心地がいいので、自分としても気持ちを入れ替える為に鞄を持って少し外を散歩することにした。
少し歩いてみるとやはり暖かさにつられてか、商店は多くの人で賑わっている。僕は買い物目当てではないので、その混雑している道をよけ、どこかでコーヒーでも買って河原に行こうと考える。
「コーヒーください」
「あら、コーギィちゃんじゃない」
お店の女性が挨拶をしてきた。この人が誰なのかは僕自身あまり知らない。
「こんにちは」
「ご両親の話聞いたわ。私じゃ何もできないけれど、それでも元気出してね」
そういってその女性は一杯のコーヒーを僕に手渡した。
「ありがとう」
僕は自分ではあまり自然ではないとは思いながらもちゃんとお礼を言って、彼女にお金を渡した。両親の単語が出たときには、まだ心臓がドキっとするが以前に比べればそれも落ち着いてきた。
「そういえば、お墓の場所……、聞いておけばよかったな」
河原へ行こうとしていた足を止め、僕は向きを変える。
「……行ってみようかな」
先ほどの女性との会話のあとで考えているうちになんとなく世界が違って見えていることに気が付く。
少しずつ芽生えだしている、今ならば辛い過去とも多少は向き合えるかもしれないという想い。他の心配事のせいで正しい判断が出来ていないだけかもしれないが、僕はひとまず自分の家へ行ってみることにした。もちろん自分の家への道は忘れるわけもなく、誰よりも早く近道してたどり着く自信さえある。大きな広告会社があり、その路地を入った三本先の道を右へ曲がれば僕の家だ。広告会社遠くからでも目立つし、4方向にそれぞれ趣旨の違う看板を出している為、方角もすぐにわかる。
僕は最後の曲がり角を曲がり、目の前に広がる想定以上のショックな光景に少しばかりここに来たことを後悔した。
「……なにもない」
そこにあった建物は既に取り壊され、何かが焼けたという痕跡だけが残っていた。いつも窓から見えていた隣の家の壁面がなにも隔てずにそのまま姿を現している。
やはり、全てを失ったのは間違いではなかったようだ。思わず視界がゆがむも、僕はもう少しだけ家に近づいてみる。
「…………」
*
あの日、僕は目が覚めると火の海の中にいた。
お父さんやお母さんを必死に呼んでも、助けには誰も来なかった。窓を開けたとしても僕の部屋は二階で、下に飛び降りることなんて出来るはずもなかった。
叫び続けていると、だんだんと頭がぼうっとしてきた。
「きえ……ろ……!」
炎が襲い掛かってくるようにさえ見えはじめ、僕はそれを振り払うことで必死だった。
「ゲホッ!」
煙が鼻から入り、体中を蝕んでいく。
「コーギィ! 早く出てらっしゃい!」
どこかから母親の声がした。おそらく窓の外だ。
「おかあさん!」
最後の力を振り絞って、窓まで行き、それを開ける。
外には野次馬がいっぱいいる。消防部隊の姿はまだそこにはなかった。
「布団にくるまって、窓から飛び降りて!」
また母親の声がする。
「わ、わかった!!」
僕はベッドから布団を剥がし、それを体に巻いた。
「急いで!」
「う、うん!」
なんとか返事をするも窓から外を見て、今から自分がここから飛び降りる勇気がなかなか湧いてこなかった。
「早く!」
「……う、うあああああ!」
布団にくるまった僕は地面へと飛び降りた。足を変な方向へくじいてしまい、そのままその場所へ倒れこむ。
「……うぅ、ううぅぅ」
唸る僕は地面を這って少しでも家から離れようとする。
消防部隊が到着し、僕の体は彼らによって起こされた。
そして放水を始めるも、火の勢いが強く消し止めることが出来ない。
「お母さんは、お父さんは!」
消防部隊に訪ねても、彼らは「大丈夫」としか答えてくれなかった。
しかし、そんな彼らよりも先に、僕は炎の陰になっている二人の人の形を少し離れた庭で見つけてしまう。
既に全身が焼かれてしまっていて、真っ黒になってしまっている。でもそれが何なのか、誰なのか、不思議と僕には一瞬でわかってしまった。
*
「あの時のお母さんの声は、なんだったんだろう……」
僕の両親として見つかった遺体があった場所に僕は立っている。
足はガクガクと震えはじめ、涙は唇をかんで止めるのが精いっぱいだ。
本当に何もなくなってしまった、跡地を僕は改めて眺める。果たして親戚たちは僕の何が欲しかったのだろうか。家だって、お金だってなにもない僕なのに。
「あまり無理に自分を押し殺すものではないですよ」
背後からここ最近で聞き覚えのある声がした。振り返ってみると、そこには黒髪の長身女性、リディさんが立っていた。
「リ……、リディさん」
「こんにちは、コーギィ。いいお天気ね」
濡れた瞳を袖で拭って、彼女へと近づく。
「あ、あの、実はマリーさんがリディさんに気が付いてしまったらしくて……」
「ええ、そうなるかしらとは思っていたの」
リディさんは少し困った顔をするも、すぐに笑顔に変わった。
「だめじゃない、無理に自分の傷を広げるものではなくてよ?」
「……確かに、そうですね」
もう一度、焼け跡を見る。
「少し気分を入れ替えて一緒にお散歩でもいかが?」
「そうです、ね……」
力なく笑って僕は彼女としばらく歩くことにした。
「あなたのこと、少し調べさせてもらいました。ご両親のことはとても残念ね」
「ありがとうございます。今日は久しぶりに心地のいい日だったので、少しくらいマイナスなことを考えても大丈夫かなって思ったんですが……」
「結果は少し残念だったけれども、それは前向きな考え方ね、素敵だと思うわ」
リディさんはクスクスと笑う。
「確かに今日は本当に良いお天気だものね」
そして当初目的地だった河原へとたどり着いた。
「リディさん」
「どうしたの?」
僕は冷めたコーヒーをコクリと一口飲んだ。
「リディさんが、マリーさんのお母さんを殺したって本当ですか?」
「…………、あの子に聞いたのね」
「すみません。ただ、マリーさんが昨日、目の色を変えて怒っていたので……。だけど信じられないんです。リディさんみたいな人が人を殺すなんて……」
「……ふふ、あなたはこんな時まで優しいのね」
リディさんは一つため息をつく。
「確かに、こんなにいい日には少しだけ嫌な過去のことを思い出しても滅入らなくてすむかもしれないですね」
「……リディさん」
彼女は僕をみて、少し悲しそうに笑うと話を始めた。
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