第9話 彼女の秘密
彼女に案内されるがまま森の中を歩き続け、そのうちにぼんやりと明かりが灯っている小さな一軒家にたどり着く。
「ここは?」
「ここは私の家。さぁ、おはいりなさい」
マリーさんを抱えた彼女は扉を開け、中に入る。疲労続きで休みたい気持ちでいっぱいだった僕もそれに続いた。
「ふう……」
彼女はマリーさんをソファに座らせ、汗を拭うようにおでこにハンカチをあてた。
「ケガはしていませんか?」
「あ、はい。大丈夫です」
薄暗い部屋をキョロキョロしている間に話しかけられ、つい緊張気味で答えてしまう。
何よりも気になったのは、なぜ彼女はこんなところに住んでいるのかということだ。ただ、怪しげに蝋燭の光が何本もゆらゆらと揺れているその部屋を目の当たりにして、僕は彼女に対して思ったままの質問を口にすることができなかった。というのもマリーさんの家よりも魔女の屋敷のような、絵本に出てくるような魔女が住んでいる館そのものだったからだ。それにあの獣を見た後ということもあり、警戒心を解くに解けない精神状態でもある。
「さあ、ホットミルクでも飲んで。少しばかりですが安らぎますよ」
彼女はマグカップに注いだそれを僕に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
一口ごくりと飲む。体中にミルクが溶けていくように染み込んでいく。確かに少しずつ緊張の糸がほどけていくような気持ちになった。
「……おいしい」
それを聞いて彼女はにこりと笑う。
「そうだ!」
その笑顔を見て、大事なことを思い出す。僕は彼女に渡すものがあったのだった。
「あ、あの、これなんですが……」
僕がごそごそと小さな男の子のぬいぐるみを取り出す。
「まぁ……!」
彼女は心底驚いたようにそのぬいぐるみに手を伸ばす。
「まさか、あなたはこれを渡しにこの森に……?」
「さっき、あなたが関所を通るところを見かけて、そのまま追いつくかなって思ったら見失ってしまって……」
彼女はそれを聞いてため息をつく。
「もう、あまり無理をしてはいけませんよ」
「ごめんなさい」
なんとなく彼女に謝ってしまった。
「……でも、ありがとう」
彼女は大事そうに男の子のぬいぐるみを女の子のぬいぐるみに合わせる。
「やっぱり偽物なんてダメよね。ごめんなさい。実はあの後もこっそり探しには行ってみたのですが、よかった。あなたが見つけてくれていたのね」
そう言って、彼女が僕に見せてくれた小綺麗なぬいぐるみを手にとり、僕に手渡した。
「これはあなたが持っていて。私たちの約束のお礼に」
「……あ、ありがとうございます」
ふと、マリーさんを見ると、しばらくは起きる気配がないほどぐっすりと眠っているようだった。
「……」
「……」
しばらくの沈黙に耐えかねて、僕はつい口を開いてしまう。
「なんだか、魔女の屋敷みたいですね」
「あら、そう?」
彼女はふふっと笑いを含ませながら興味深そうに僕の目を見つめる。
「なんでそう思うのかしら?」
「え、えーと、なんか部屋の明かりが蝋燭だけとか、あと壁紙もあまり見ない模様ですし」
「あら、この壁紙は今流行っているのよ?」
彼女は小さく笑う。
「そ、そうなんですね。なんだか昔読んだ、絵本に出てくる魔女の屋敷みたいだったので……」
「そう、不思議ね」
彼女は両手でマグをつかみ、自分のホットミルクを飲む。
「おかわりはいかが?」
飲み終えてしまったのか、彼女は席を立つ。
「まだ残っているので大丈夫です」
「そう……」
彼女は背を向けてキッチンに立つ。
「実はね、私も魔女なのよ」
「……え」
「そこにいる子のことも知っているの」
注ぎ終えて改めて振り返る。その笑顔は先ほどともあまり変わらない。
「マリーさんとも知り合いなんですか?」
少し驚きながら、彼女に尋ねる。
「ええ、それも彼女が小さい時からね」
「初めて聞きました、マリーさん以外に魔女がいるなんて」
「それはそうよ。私がこの近辺にいることを彼女は知らないもの……」
なんだか、一向にこちらを振り向かない彼女に少しばかりの恐怖すら感じ始める。
「な、なんでマリーさんは知らないんですか?」
「…………」
彼女は振り返り再び椅子に座ると、少し考えるように言った。
「あの子は私のことをとても嫌っているから、ね」
それは想像していた反応とは違い、少し寂しそうでもあった。そしてそれを振り払うように彼女はまた笑顔に戻る。
「人に嫌われるようには見えないですけど」
「あら、ありがとう。あなたは本当に優しいのね。ぬいぐるみの件といい、本当に」
僕の頭を撫でる。
「そういえば、まだあなたのお名前を聞いていませんでした」
「あ、そういえば」
僕と彼女は笑い合う。
「僕はコーギィです。少し前に両親が死んじゃって……、その今はマリーさんのところに……」
そう言ったときに彼女は少し手が止まったように見えた。
「ねぇ、コーギィ?」
「あ、はい」
「今日、私と会ったこと、それにこうやって会話したことはあの子には内緒よ」
本当に嫌われているんだろうな、と僕は察して頷いた。
「わかりました」
「ありがとう」
そして彼女は思い出したように付け足す。
「そう、私の名前はリディです」
「リディさん」
「呼び捨てでも構いませんよ」
「いえ、それはちょっと……」
年上の人に対して呼び捨てなんて逆に気を使ってしまいそうで、僕はそれを丁重に断る。
「リディさんはなんでそんなにマリーさんに嫌われているんですか?」
「あら、気になります?」
「あ、まぁ、少しばかり……」
彼女はふと、また考え事をする素振りを見せる。
「この話をしたせいであなたが私を見る目が変わってしまうことが怖いです。でもそれもきっと罰なのでしょうね」
彼女は伏し目がちにつぶやく。
「私は、あの子の大事なものを奪ってしまったの……」
「大事なものを……?」
「そうなの。でもあまり詳しくは話せないの、ごめんなさいね」
困ったようにそう付け足す。
「それが原因の一つ、だからあの子は私を恨んでいる。当然のことよね。例えば、そうねぇ。コーギィ、あなたが持っているかけがいのないものを、それをなんの理由もわからずに壊されてしまった、その壊してしまった人を嫌うでしょう?」
回答に困ったが、僕は小さくうなずいてしまった。
「あの子がそうだった。そして私を嫌い、もしかしたら……」
もはや彼女に笑顔はなくなってしまっていた。僕はやっと余計なことを聞いてしまっていることに気が付く。
「恨んでいるのかも……、殺したいほどに……」
最後の言葉には背筋がピリピリするものがあったが、僕はこの重苦しい空気を払拭しようと口を開いた。
「……でも僕はリディさんともう友達です、マリーさんにそんなことはしてほしくないし、リディさんもそんな悲しいことになってもらいたくないです!」
思わず出た言葉に彼女は少し驚いて、開いていた口を閉じた。
「……あなたは本当に良い人ね、コーギィ」
そして彼女は席を立った。
「そろそろ街の方も日が暮れ始めます。夜になる前に森を出たほうがいいですね、この辺りは夜になると本当に暗闇になってしまうの」
そのまま僕に果物と小さい一口サイズのパンが入った袋を渡し、帰る道を途中まで送ってくれた。
「ここからは僕がおぶっていきます」
「そう、さすがは男の子ですね」
関所の前までついたところで、彼女がおぶってくれていたマリーさんを僕が代わった。
「またいつかお茶でもしましょう、今度は街の中で」
「はい、楽しみにしてます」
リディさんは最後にそう言って、僕に手を振っていた。
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